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大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)5061号 判決

原告

彦根市

右代表者市長

井伊直愛

右訴訟代理人弁護士

木村奉明

島川勝

被告

株式会社タクマ

右代表者代表取締役

福田順吉

右訴訟代理人弁護士

木崎良平

門前武彦

主文

一  被告は、原告に対し、金八〇一七万五七五九円及び内金七二八八万七七五九円に対する昭和五八年八月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一億八九七八万三二四〇円及び内金一億七二七八万三二四〇円に対する昭和五八年八月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、地方自治法一条の二に定める普通地方公共団体で、同法二条に基づく事務として、塵芥処理場の設置(同条三項六号)などを行なうものである。

(二) 被告は、ゴミ焼却炉、水処理装置などの設計、施工等を業とする株式会社である。

2  塵芥焼却場建設に関する請負契約の成立

原告は、被告との間で、昭和五〇年九月一九日、彦根市野瀬町二七九番地の一に、塵芥焼却場(以下「本件焼却場」という。)の設計、施工を被告に代金六億三七〇〇万円で請負わせる旨の契約を締結し、同五二年六月ころ、被告からその引渡を受けた。

3  本件事故の発生

昭和五五年九月四日午前一〇時四〇分ころ、本件焼却場の汚水処理設備である第一汚水槽(縦四メートル、横三メートル、深さ2.3メートルの鉄筋コンクリート製直方体)において、原告の職員岸田宣夫が、沈澱槽から第一汚水槽の側壁に至る配水管の閉塞物を除去するため、第一汚水槽に立ち入つたところ、同槽内に深さ約六〇センチメートル程度滞留した汚水中に過飽和状態で存在した硫化水素が同槽内にガスとして充満し、致死量の二〇数倍に及ぶ高濃度に達したため、同人はその直後同所で昏倒し死亡した。次いで、これを見た職員荒尾茂、馬場康次、杉本幸広及び江畑耕二の四名が、救出作業のため、順次同槽内に入つたため、全員が直後に同所で硫化水素ガス中毒により死亡した。

4  被告の債務不履行責任

(一) 硫化水素の危険性

本件事故は、硫化水素ガスによる中毒死が原因であるが、硫化水素は、低濃度であれば嗅覚により簡単に検出できるが、高濃度になればその臭いにも慣れ微量でも致死性の危険な毒物である。すなわち、硫化水素は、三〜五ppm(part par million、以下「ppm」と表示する。)で悪臭が強く、一〇ppmが労働環境上の許容濃度とされ、二〇〜三〇ppmで臭いへの慣れの現象があり、一七〇〜三〇〇ppmでは一時間程度耐えられるが、四〇〇〜七〇〇ppmでは三〇〜六〇分の曝露で生命が危険にさらされ、七〇〇ppm以上では失神、死亡するとされている。

(二) 本件焼却場の処理工程の概要

本件焼却場は、別紙(一)のとおり、塵芥焼却設備、排ガス処理設備、汚水処理設備の三つの設備から成り、このうち汚水処理設備は、灰出汚水槽に始まり、中和凝集槽→第一汚水槽→ろ過器→第二汚水槽に至る汚水再使用のための主たる設備である。

(三) 設備設計上の欠陥(不完全履行)

硫化水素は、硫黄と水素が結合したもので、紙、厨芥、繊維などの硫黄分を多く含む家庭用ゴミが焼却されると、一部は硫化酸化物として大気中に拡散されるが、大気中に放出されない硫黄は焼却灰に残留する。そして、この焼却灰が灰汚水として、水処理されると、硫酸イオンが生成する。しかして、本件焼却場の汚水処理設備は、構造上毎日連続運転する必要はなく、いわゆる間欠運転で足りるものであり、そのため第一汚水槽においては硫酸イオンを含んだ汚水が長時間滞留し硫化水素の発生条件を充足している。

仮に、右汚水処理設備が、いわゆる非連続運転すべきものであつたとして、実際にそのような運転をしても、やはり同槽に汚水が長時間滞留することに変わりはなく硫化水素の発生条件を充足している。しかるに、同槽は内部に昇降用のタラップを設けるなど職員の立入りが予想されるよう設計されており、右設備で働く人々を前記のとおり猛毒物質である硫化水素からの被爆から守るための配慮を欠いた構造となつていた。

本件焼却場プラントのこうした欠陥は、焼却灰に残留する硫黄の存在を無視した右のような設備設計上の不備に由来する。すなわち、

(1) 汚水処理設備の運転方法について

(イ) 原告は、本件事故当時、本件汚水処理設備を毎日連続運転せず、いわゆる間欠運転をしていた。その理由は次のとおりである。

(なお、本判決において、連続運転とは、焼却設備稼働中は汚水処理設備も同時に稼働させる運転方法を、非連続運転とは、焼却設備稼働日には少なくとも一、二時間程度は汚水処理設備を稼働させる運転方法を、間欠運転とは、発生した汚水を数日間貯めて一度に処理する運転方法を主として意味することとする。)

本件汚水処理設備で処理すべき汚水の系外からの受入水は、灰出汚水、ガス冷却排水としてその大部分が、一旦、フライト・コンベア水槽に集められ、その後同槽から灰出汚水槽へ越流ないし排出という形で行なわれる。但し、ここに排水というのは、フライト・コンベアの保守、点検などのため、フライト・コンベア水槽の水抜きをする場合をいい、その際、焼却炉は運転していないから特別の場合である。また、別紙(一)記載のとおり、炉室床、すなわちフライト・コンベアなどの設備が設置された周辺の床の洗浄水は直接灰出汚水槽へ流入するが、週一回ないし二回程度でその総量も一〜二トンに過ぎないからほとんど無視できるものである。したがつて、通常の場合、本件汚水処理設備が処理すべき汚水の量は、フライト・コンベア水槽から灰出汚水槽へ越流する汚水の量(以下「越流量」という。)によつて決まることとなる。すなわち、この越流量がいくらになるかによつて、本件汚水処理設備を連続運転する必要があるのか、間欠運転で足りるのかが決定される。

(ロ) ところで、衛生工学者によるテキスト又は廃棄物処理施設技術管理者の資格認定講習テキストにおいても、灰出フライト・コンベア水槽からの越流はわずかであり、またこれをできるだけ少なくすることが望ましいとされている。すなわち、灰出排水の必要量はフライト・コンベアから灰バンカへ排出される灰が水分として含み、持ち出してしまう程度の量が好ましく、ガス冷却排水は、ガス冷却の際、蒸発してガスと一緒に排出される程度の量が好ましいとされる。したがつて、灰出排水及びガス冷却排水が適正であれば、フライト・コンベア水槽においては、その余剰水は増加せず、フライト・コンベア水槽からの越流はほとんどないのである。したがつて、本件汚水処理設備は、毎日連続運転する必要はなく、本件事故当時実施していた間欠運転で足りるのであり、原告においても、主としてガス減温室や炉室床の清掃時に発生する汚水処理のため、右設備を間欠運転していたものであり、被告の担当者が保守点検等のため、再三、本件施設に来場した際も、汚水処理設備の運転を中止していることにつき、何らの指示もなかつた。

(2) 第一汚水槽の構造・運転方法と硫化水素の発生について

汚水貯槽が大きいものであれば、汚水の滞留する時間も長くなり、硫化水素発生の条件である還元状態が容易に発生する。被告作成にかかる本件焼却場の汚水処理設備仕様書(昭和五一年一二月付)によれば、当初、第一汚水槽の容量は六立方メートルとされていたところ、実際に施工された第一汚水槽の容量は27.6立方メートル(縦四メートル×横三メートル×高さ2.3メートル)であり、右仕様書の四倍強の容量を持つものであり、より硫化水素発生の危険をはらんだ構造となつていた。

ところで、第一汚水槽に流入した汚水は、水中ポンプにより汲み上げられ、ろ過器に送られるが、水中ポンプは水中において使用する必要があるため、水中ポンプが空気中にさらされるまでに水中ポンプの運転を止め、送水を止めなければならない。また、沈澱槽からの流入についても、運転時は毎時二トンの汚水が送られてくるから、第一汚水槽からあふれ出る前に、水中ポンプが運転を始め、ろ過器への送水を始める必要がある。そこで、第一汚水槽内には、レベル・スイッチが設置されており、一定水位まで汚水が増量すればスイッチがONになり水中ポンプが運転を始め、また一定水位まで減量すればスイッチがOFFになり水中ポンプの運転が中止する。したがつて、第一汚水槽においては、レベル・スイッチがOFFになる水位を下限とする汚水が常に存在する。このレベル・スイッチの下限位置は、設計時第一汚水槽底面から八〇センチメートルの高さであり、事故時において約四〇センチメートルの高さであつた。そうすると、第一汚水槽内には、常に約五トンの汚水(縦四メートル×横三メートル×高さ0.4メートル)が存在することになる。この汚水は、本件汚水処理設備の運転休止中は滞留することになり、また毎日一ないし二トン程度の汚水を処理する必要しかない場合は、最大限四割しか入れ替わらないことになる。

このように、たとえ半連続運転をしたとしても、汚水の滞留時間も長く、硫化水素発生の条件である還元状態が容易に発生する設計、構造になつていた。

(3) 硫化水素ガスの発生の機序について

(イ) 里内報告

本件事故後、原告の委託により滋賀県立短期大学工学部助教授里内勝らが行なつた本件焼却場の汚水処理設備の調査の結果が昭和五七年六月及び八月刊行の「環境技術」誌に「ごみ焼却場の汚水処理施設における硫化水素発生に関する研究」と題して報告、発表されている(以下、第一報を「里内報告①」、第二報を「里内報告②」という。)。

(ロ) 本多報告

大阪市立大学教授本多淳裕らが行なつた中規模都市のゴミ焼却施設における灰汚水処理について全国五施設についての調査の結果が昭和五九年四月及び五月刊行の「水処理技術」誌に「ゴミ焼却施設灰汚水処理設備の機能と硫黄の挙動」と題して報告、発表されている(以下、第一報を「本多報告①」、第二報を「本多報告②」という。)。

(ハ) ゴミ焼却炉における硫化水素の発生機序

前述したように、家庭用ゴミを例にとれば、各種有害物質のうち、硫黄の占める割合は相当多く、紙、厨芥、繊維などに硫黄が多く含まれている。硫黄を含んだゴミが焼却されると、硫黄は一部は硫黄酸化物として大気中に拡散され、大気中に放出されない硫黄は焼却灰中に残留する。この焼却灰が灰汚水として水処理されると、硫酸イオン(SO42-)が生成する。硫酸イオンから硫化水素が発生するのは、本多被告①の説明においては、汚水中に栄養源として有機物、窒素、燐などが存在し、適切な水温(室温温度)、PH(水素イオン濃度を濃度の逆数の対数で表わしたもの、以下「PH」と表示する。)が保たれ、嫌気的条件におかれていること、そこに硫酸塩還元菌が生育して、硫化物や硫黄イオン(S2-)、硫化水素イオン(HS-)などが生成する、生成した硫黄イオン(S2-)、硫化水素イオン(HS-)から化学平衡的(有機物、浮遊物質、塩類などを含む複雑な系)に溶存硫化水素が生成し、撹拌、ばつ気などによつて気相中に放出される、硫化水素の溶存濃度は、水の条件によつて異なるが、著しく過飽和な状態で存在することがあり、少しの撹拌でも集中して高濃度にガス化することがあるとされている。

なお、汚水に含まれる硫黄源について、本件汚水処理設備では、凝集沈澱剤として硫酸バンドを使用しているが、里内報告①においては、ゴミ焼却場汚水処理施設において硫酸根の物質収支を求め、これをもとに硫黄源の寄与割合を求めたところ、焼却灰が七割を占め、残りの三割を排煙と硫酸バンドがほぼ等しく分け合つていた、これにより、ゴミ焼却施設において、焼却灰は最大の硫黄源となること、および凝集沈澱剤を硫酸バンド以外の薬剤に変えても汚水処理系にある硫黄分の減少割合は小さく、有効な硫化水素抑制対策とはなりえないとされている。

(4) 本件汚水処理設備の欠陥について

右のとおり、焼却灰が最大の硫黄源であるところ、本件汚水処理設備の欠陥は、この焼却灰に残留する硫黄の存在を無視した設計にある。すなわち、

(イ) 本多報告①の総括の項においては、全硫黄中の一一パーセントが遊離型硫黄になる可能性を指摘している。すなわち、硫酸根濃度として、一五〇〇ppmの硫黄分が存在すれば、液相において五〇ppmの硫化水素となり、その一〇分の一でも気相に出れば、致死量をはるかに越える濃度となる。

(ロ) また、本多報告①の調査対象の一つである第一汚水槽と同じ規格の容量をもつⅠ施設の槽において液相で一二ppmの硫酸イオンが還元され、四ppmの硫化水素が発生すると、理論上、密閉された槽では液相に残留するもの2.35ppmに対し、気相では六八五ppmという致死量に近い硫化水素濃度となる。すなわち、理論上の最小値として、液相に一二ppmの硫酸根があれば、気相で致死量に近い硫化水素濃度が検出されるところ、Ⅰ施設における第一汚水槽の汚水における硫酸イオン濃度は一二〇〇ppmであるから、硫化水素発生の条件をみたすには、量として十分すぎるのである。

(ハ) さらに、里内報告②においては、PH七に調整したフライト・コンベア汚水のろ液に、硫酸還元菌を加えるため本件第一汚水槽の汚水を一〇倍に薄めて加え、一日放置すると七〇〇ppmもの硫化水素が発生するという実験結果が報告されている。そして、四日後にはこの濃度は二万ppmを越えるのである。この実験は、実験室で行なわれたものであるが、その条件は、①フライト・コンベア汚水は、PH九以上一〇くらいであり、原汚水では硫化水素も発生せず、したがつて、現実の第一汚水槽の汚水と比べ、硫化水素の発生は遅くなる、②ろ紙でこしているから、多くの浮遊物質が除去されている、③当初に加えられた硫酸還元菌の量も少ないなど、硫化水素が発生しにくいものである。それにもかかわらず、夏場では一日放置することによつて、致死量にも達する高濃度の硫化水素が発生する。

以上のことは、第一汚水槽のみならず汚水処理設備全般についてあてはまるものである。

(ニ) したがつて、本件事故の発生現場たる第一汚水槽はもちろん、本件汚水処理設備全体が、人体に危害をおよぼす濃度の硫化水素の発生する高度の危険を内包するものである。

(5) 以上のとおり、間欠運転の場合はもちろん、フライト・コンベア水槽に毎時二トンの水を補給し、汚水処理設備を非連続運転したとしても、汚水は、土曜の昼から月曜の朝まで四四時間は滞留するばかりでなく、硫黄分を多量に含んだ汚水を汚水処理系に流し込むことになり、硫化水素発生の危険性を高めることにもなるのであつて、間欠か非連続かの運転方法にかかわらず、本件汚水処理設備の系内に汚水を越流させるシステムそのものが人体にとつて危険な硫化水素を発生させるのである。

(四) 第一汚水槽への立入りの必要

同槽内には、水中ポンプ、レベル・スイッチその他の機器が設置されていたから、原告の職員は、これらの点検等のため立入る必要があつた。また、汚水処理設備は、多様な化学的性質を備えた焼却灰を灰汚水として流すものであり、多量の硫黄分が汚水処理系を流れ、それが汚泥として堆積することがよく起こる。これらの堆積した汚泥の除去や槽に付着した汚物の除去のため槽内に立入つて清掃することが必要であつた。さらに、汚水には鉄分やカルシウムが含まれており、それらがパイプに付着することがあるため、パイプの清掃、点検も必要なところ、地中配管であつたため、この点で槽内立入りの必要もあつた。なお、被告は、設置当初から第一汚水槽内に何の危険表示もせず物的設備としてタラップを設置していた。

5  原告の損害

(一) 原告は、本件事故の発生により職員五名が死亡したため、同人らに関する逸失利益、慰謝料等を遺族に支払い、同額の損害を被つた。原告と右職員らとが労働契約類似の法律関係にあるところから、原告は、当然、右職員らの遺族に対するその支払を余儀なくされるものであり、被告もその情を知つていたから、右損害は、被告の前記債務不履行と相当因果関係がある損害である。

(二) また、原告は、本件事故発生原因を究明し、散気装置を設置するなど本件汚水処理系の諸設備を改善するための諸費用の出捐を余儀なくされたが、これも被告の前記債務不履行に基づく損害である。

(三) さらに、被告は前記債務不履行を否定し、損害賠償義務の存在を認めないため、原告は弁護士を依頼してその訴求をなさざるをえなかつたが、右弁護士費用も前記債務不履行と相当因果関係がある。

(四) よつて、被告の前記債務不履行により原告が被つた損害額は次のとおり合計金一億八九七八万三二四〇円となる。

(1) 前記死亡職員五名の遺族に対する逸失利益等(明細は別紙(二)のとおり)

合計 一億五五一五万八四九〇円

(2) 市・遺族合同葬儀費用

一七二万四七五〇円

(3) 事故原因等調査委託料 二三〇万円

(4) 設備改善費 一三六〇万円

右合計 一億七二七八万三二四〇円

(5) 弁護士費用 一七〇〇万円

以上合計 一億八九七八万三二四〇円

6  よつて、原告は、被告に対し、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、一億八九七八万三二四〇円及び内金一億七二七八万三二四〇円に対する訴状送達の日の翌日である昭和五八年八月三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1・2の事実はいずれも認める。

2  同3の事実のうち、原告主張の日時、場所において、原告の職員五名が死亡したことは認め、その余は知らない。

3  同4・5のうち、4(二)の事実は認めるが、その余の事実はいずれも否認ないし争う。

三  被告の主張

1  本件汚水処理設備の機能とその設計思想について

(一) 本件焼却場の概要は、別紙(一)記載のとおりであつて、本件焼却場は、焼却炉三基から成り、一日八時間運転を行なつて一基当たり三〇トンの塵芥を焼却処理しうるよう設計施工され、塵芥焼却設備、排ガス処理設備および汚水処理設備の三つの機能を持つた設備から成り立つている。しかし、右三設備は別々に運転しうるよう設計されたものではなく、三位一体となり、同時に運転されて初めて本来の機能が発揮される。

すなわち、まず塵芥を焼却する場合、微塵を含んだ高温の排ガスと余熱をもつた灰が発生する。この高温の排ガスは、排ガス処理設備で減温、集塵がなされ、余熱をもつた灰は、これを水に浸して冷却および飛塵防止をするが、その際に汚水が排出される。その汚水を焼却と併行して処理するのが汚水処理設備であつて、塵芥焼却設備にとつては不可欠のもので、右の三設備が一体となつて機能するとき初めて所期の目的が達成される。

すなわち、本件汚水処理設備は、塵芥焼却に伴なつて生ずる灰処理汚水、ガス温度調節用水・噴射用水の余剰水、床洗浄排水等を、それらが汚水処理設備の想定水量より少ない場合には外部からの補給水と合せて一定水量を確保した上で汚水処理設備内を流通させ、目的にかなう処理を施した上、焼却炉内ガス温度冷却用水噴射用水としてその全てを使用してしまい、汚水を本件焼却場外へ排出しないですむという特質を有する(いわゆるクローズド方式)もので、機能的には焼却設備、排ガス処理設備と三位一体となつて合理的に稼働するように考案され設計されており、汚水処理設備のみを分離して作動することは予定されていないものである。

なお、クローズド方式は、設備から排出する汚水を、水質汚濁防止法の定める規制に適合するよう処理を施したうえ、公共用水域に放流する放流方式と比較すると、設備内に生じた排水を一切外へ出さず、すべて設備内で処理してしまう点で、環境汚染を起こす虞れの少ない優れた方式であり、右方式は考案されてからすでに十余年の歴史を経てその性能が公認されており、メーカー各社は厚生省の行政指導によつて同種の設備を多数製造して実効を収めているものである。

(二) 汚水処理設備の概要

(1) 塵芥焼却炉において焼却された塵芥の灰は、フライト・コンベア水槽(別紙(三)の図面中②、以下同様とする。)に落とされる。このフライト・コンベア水槽は焼却された塵芥の灰を消火し、湿つた灰としてフライト・コンベアによつて灰バンカ(③)に搬出される構造であり、また塵芥焼却炉燃焼室と外気との間を水封遮断するようになつている。このために、フライト・コンベア水槽には水が常に流入され、一定の水位を保つようになつている。この流入する水量は、灰が消火される時に灰に吸着する水量とフライト・コンベア水槽内の水が消火された灰などにより濁度が増加するのを防止するために必要な水量が主たるものであり、塵芥焼却炉運転中は常に流入し、水位調整装置(オーバーフロー装置)により一定の水位が保たれ、この水位調整装置から溢れた水は灰出汚水槽(④)に流入する。灰出汚水槽に入つた水は、細かい灰の一部が混合した汚水であるから灰分を多量に含んでいる。この汚水を放流することなく、ガス温度調節用水噴射用水として再度利用するためには、以下の装置によつて処理する必要がある。

すなわち、灰出汚水槽に貯つた汚水は、ポンプで次の中和凝集槽(⑤)へ送られ、ここで薬品処理が行なわれて、汚水中の汚泥は凝集し水と分離できる状態となる。次に、汚水は沈澱槽(⑥)に送られるが、ここで汚泥は沈澱し上澄水と分離した状態になるので、沈澱した汚泥は汚泥ピット(⑦)に移された後廃棄される。なお、灰出汚水槽から中和凝集槽に送入した汚水は、中和凝集槽の計画処理量を上回るように設計されているので、その余剰水は流量調整堰によつて、再び灰出汚水槽に戻る装置となつている。

以上は灰処理に用いられた水の流れについてであるが、本件焼却場においては灰処理用の水以外に、ガス温度調節用水・噴射用水の余剰水、その他床洗浄等の排水があるが、これらの水もすべてフライト・コンベア、または灰出汚水槽に流入する設計となつており、本件焼却場内の汚水はすべて以上のコースを辿ることとなる。

次に、沈澱槽の上澄水は、薬品処理の結果硫化物を含む汚泥を分離した後の水であるから、硫化物等の含有量は少ないが、その後ろ過器(⑨)を通してさらにろ過し、再び使用する。

(2) 本件汚水処理設備が前記(一)に述べたその本来の機能を全うし、汚水を本件汚水処理設備外へ排出しないというクローズド方式の性能を発揮するため、本件汚水処理設備の設計仕様から生ずる運転の条件として焼却設備運転中本件汚水処理設備も併せて同時に稼働させる必要があり、また対象となる汚水の量も稼働中毎時二トン程度を確保する必要があり、フライト・コンベア水槽に補給水を供給して常に二トン程度の水量を確保した上で汚水処理設備を稼働させなければならない。

本件汚水処理設備とフライト・コンベア水槽の機能との関連において注目すべきは、塵芥焼却設備の稼働中はフライト・コンベア水槽に常時清水が流され、また一部の雑汚水を除くほとんどの汚水は右水槽に流入し、灰消火に要する以外の余剰水は越流して灰出汚水槽に送られ、順次汚水処理設備によつて浄化される設計になつている点である。

すなわち、フライト・コンベア水槽に水位調整装置を設けて常時清水を流入させることによつて、水封の効果は間断なく維持され、右水槽内の汚水を希釈して水質の悪化を防止し、さらに灰出汚水槽に越流する汚水も希釈されたうえ均質化されるので、本件汚水処理設備における機械的な薬品処理にも適合することになる等種々の効果を得ることができる。

したがつて、本件汚水処理設備で処理すべき汚水の量が変動し、ゼロになることをも想定し、越流する汚水が少なければ焼却炉運転中も汚水処理設備の稼働を休止させる間欠運転を可とする原告の主張は、本件汚水処理設備の仕組みを理解せず、被告の設計思想を無視した、独断に立脚した議論であり、誤りである。むしろ本件汚水処理設備は汚水量が少なくとも外部からの補給水をも加えて常に最低毎時二トン程度の越流量があるように操作しなければならないのであり、焼却炉運転中は常に汚水処理設備をも稼働させなければならないのである。また、そうしてこそ本件で問題となつている第一汚水槽内の汚水の硫化水素濃度も低下することになるのである。

本多報告②においても、調査の対象とされた五施設についての「槽内ガス硫化水素濃度測定成績」につき、それぞれ半連続運転および間欠運転の典型的な事例とみられる二施設(IとA)を比較すると、第一汚水槽における硫化水素濃度は、半連続運転のI施設については上層下層共にN・D(微量のため測定不能の意)であるのに、他方間欠運転のA施設においては上層で六五〇ppm、下層で六七〇ppmという高濃度を示しているとされており、両者の差は歴然としている。

(三) 汚水処理設備の必要性

設備外に汚水を出さないというクローズド方式の目的を達成するためには、設備内に流入した水を、すべて排ガスの減温用噴霧水に用いて水蒸気として消失させるか、灰の消火に用いて灰に吸収された形で設備外に持ち出すかのいずれかによつて処理する必要がある。しかし、実際には排ガスの減温に使用した清水は全部が水蒸気として蒸発するのではなく、その一部は汚水となつて再び流出してくるし、排ガス減温部門で生じる汚水のみを分離して処理することはできないので、汚水の垂水を処理する必要が生じてくる。また、灰の消火に用いられる分についても完全に消火もし、汚水が一滴も越流しないように同水槽に清水を補給し、しかも、そのうえ水封の効果も害なわないようにすることは、大量の雑多な塵芥を焼却し、大量の灰を処理する点からも技術的に極めて困難なことであり、一歩誤まれば水封が破れて焼却に支障を来たし、あるいは灰汚水が生じてその処理に窮することとなる。さらに、塵芥焼却設備にあつては、右以外に、床洗浄等による汚水、生ゴミのゴミ汁、洗車による排水、生活排水等が発生し、これら雑汚水の処置も設備内において行なわねばならないのであつて、これら汚水を総合的に処理しクローズド方式の設計思想を貫くには、まず、本件のごとき汚水処理設備を必要とすることは当然である。

(四) 原告に対する説明と原告の運転の実態

被告は、原告に対し、本件焼却場を引渡す際、汚水処理設備設計仕様書を交付したが、右仕様書には「もし運転中それらの諸数値と大巾な違いが起こりますと本処理設備の能力が十分に発揮されない場合が生じますので注意して下さい」とした上で「汚水排出量二m3/時間(一六m3/八時間)」と記載されており、被告はこの記載に基づいて原告に対し連続運転をするよう説明をした。ところが、本件訴訟になつて初めて判明したところによると、被告より原告へ本件焼却場の引渡がなされてから昭和五四年三月ころまではほぼ連続運転に近い運転が行なわれていたが、同年四月ころより間欠運転の状態になつている。しかし、被告は、こうした運転方法の変更については、本件訴訟に至るまで、原告から何らの通知も相談も受けていない。また、昭和五四年五月二一日に第一回目の閉塞事故が生じているが、間欠運転が閉塞をひき起こす原因になつたであろうことは容易に想像でき、この時点で被告に通報なり相談があれば原告に直ちに連続運転を勧め、本件事故も回避できたはずである。被告は、塵芥焼却炉本体について原告側より使用開始後指摘を受けた点については、その都度対応したし、オーバーホールについても注文を受け、応じてきた。しかし、汚水処理設備については、前述のとおり間欠運転するについての相談も通告もなく、また閉塞事故についての通告も一切なされず、原告からのオーバーホール依頼の対象からも外されていた。したがつて、被告としては仕様どおり運転されており、何らの問題も生じていないと判断し、焼却炉とは別棟の汚水処理設備の点検まではしなかつたのである。

原告は、第一回の閉塞事故後も本件汚水処理設備を間欠運転し、昭和五四年一〇月一日には第二回目の閉塞事故が発生したが、この時も原告独自に修理をしており、被告には報告していない。

そして、昭和五五年九月三日の第三回目の閉塞事故発生の翌日に本件事故が発生するに至つたのである。

(五) 以上要するに、本件事故は、原告が本件焼却場の機能について被告から十分に説明を受けていながら、これを無視し本来予定された以外の用法(間欠運転)によつて汚水処理設備を運転したことによつて生じたものといわざるをえない。

2  第一汚水槽の機能と散気装置の要否

(一) 第一汚水槽の機能

第一汚水槽というのは、沈澱槽とろ過器との中間に設置された中間槽であつて、沈澱槽内の上澄水は一旦第一汚水槽に送られた後ポンプによつてろ過器に送られる。このように第一汚水槽は、処理装置と処理装置との間をポンプでつなぐために設けられる中継槽で、通常ポンプ・ピットと呼ばれている。第一汚水槽に入つた上澄水はポンプでろ過器へ毎時六立方メートル送られるが、そのポンプの出口側で配管は二つに分かれ、ろ過器には毎時二立方メートルを送り、毎時四立方メートルは第一汚水槽に返送する仕組みになつている。したがつて、被告の仕様通りに運転していれば一日で第一汚水槽の中の汚水は全量入れ替わるものであり、運転中は槽内汚水を混合攪拌するので槽内に汚泥が沈降停滞することは少ない。

原告は、毎日一ないし二トン程度の汚水を処理する必要しかない場合は、最大限四割しか入れ替わらない旨主張するが、これは間欠運転を前提としての主張であり、誤りである。

また、レベル・スイッチの下限まで汚水が滞留するとしても、連続運転を実施してさえおれば、汚水は毎日一六時間滞留するのみであり、土曜日の正午から月曜日の朝まで運転を休止するとしても、その間の汚水の滞留は四四時間であるから高濃度の硫化水素を発生せしめることはない。

なお、第一汚水槽の容量の増加については、設計当初の汚水処理設備設計仕様書に記載されている同槽容量六立方メートルは同槽の全体容積を示すものではなく、実際稼働容量すなわちレベルスイッチのONとOFF間の水容量を示すものである。施工した同槽が27.6立方メートルあるのは、ろ過器閉塞時の補修のため、その間プラントを停止せずに排出される汚水を例外的に約一日分貯蔵しうるよう運転保守を容易にするため配慮された容量であり、仕様を変更したものではない。なお、この点については被告は原告に伝え、その承認を得たものである。

以上要するに、第一汚水槽は中間槽として設計施工されたものであるから、設計仕様どおりの連続運転が行なわれている限り、汚泥が滞留すること自体が少ないといえるし、高濃度の硫化水素が発生することはない。

(二) 散気装置の設置の要否について

前述したように、第一汚水槽の機能は、処理装置と処理装置の間をポンプでつなぐための中間槽であつて、元来汚水を貯留することを目的としたものではない。このようないわゆるポンプ・ピットは、し尿、下水、工場廃水、汚泥などの処理施設にもしばしば使われており、その構造も本件第一汚水槽と同様のものが多く、通常ここに散気装置を設置することはない。

また、厚生省の「廃棄物処理施設構造指針」(この指針の示されたのは昭和五四年九月であり、本件設備の納入後であり、本件事故の発生前に当たる。)においても 灰出汚水槽への散気装置設置の指示はあつてもそれ以降の槽への設置の指示はなされていない。

そして、前記指針による灰出汚水槽への散気にしても、汚水の均一化、沈降防止を主たる目的とするもので、これによつて中和凝集槽における薬品の凝集効果を一定ならしめるためのものである。通常右目的に沿う散気量は、毎分一立方メートル当たり一〇〜三〇リットル程度とされており、このような散気装置が、仮に第一汚水槽に設置されていたとしても、硫化水素中毒を防止できるとは限らない。

(三)(1) アンケート調査

都市ゴミ焼却炉施設の灰汚水処理設備研究調査委員会が行なつた、昭和四九年一月から昭和五三年一二月までに完成した中規模ゴミ焼却施設の汚水処理設備の設計諸元および運転管理に関する調査の結果が、昭和五九年二月に「都市ゴミ焼却施設の灰汚水処理設備のアンケート調査」と題して報告、発表されている(以下「アンケート調査」という。)。

(2) アンケート調査においては、「中間槽における散気装置の有無について」という質問に対する回答につき、七六例中、中間槽を有するものは四六例であり、三〇例(39.4パーセント)は中間槽がない、中間槽のあるものの内、散気装置を有するものは四例(8.7パーセント、全体に対しては5.3パーセント)で散気装置を設置している施設は少なく、この当時、散気装置をこの槽に設置する考え方はあまりなかつたと思われるとされている。

(3) アンケート調査は、都市ゴミ焼却施設を設計・施工した実績をもつ、業界における主要メーカー八社を選び、昭和四九年一月以降、同五三年一二月までの五年間に完成された一炉容量四〇トン(一日八時間〜一六時間稼働)以下の焼却施設を対象としてなされたもので、このアンケート結果は中間槽に散気装置を設置する業者全般の考え方が正確に反映されているといえる。

(四) 結局、本件汚水処理設備において本来の用法に従つた連続運転が行なわれている限り、第一汚水槽内に高濃度の硫化水素が発生することはありえず散気装置は必要なく、これは業界の常識であつたのであつて、本件汚水処理設備の設計について原告のいうような不備はない。

3  被告の硫化水素発生の予見について

(一) 一般的にいつて、有機物や硫化物を含む汚水や汚泥を取扱う施設としては、本件のような塵芥焼却設備以外にも、し尿処理、下水処理、有機性工場廃水処理などの施設があり、それらの施設にあつては硫化水素の濃度の高低はあつても、それが発生する危険性が常にあることは常識といつてよい。

したがつて、第一汚水槽における硫化水素発生の予見も、右の常識的な意味でいうならば、被告もこれを予見しえたといえようし、原告もまた当然予見しえたはずである。しかし、個別具体的に致死量に達する程の高濃度の硫化水素の発生、しかも本件第一汚水槽についてのそれを予見したか、ないしは予見することが可能であつたかということになると、この点は別論である。

(二) 原告は、硫化水素は猛毒であり微量で人を死に至らしめるものであるところ、本件事故発生現場たる第一汚水槽を含む本件汚水処理設備においては硫化水素の発生条件をすべて充たしており、高濃度の硫化水素ガスが容易に発生する可能性があつた旨主張する。

しかし、原告がその根拠とする調査結果は、本件事故後その原因究明のために実施された調査によるもので、そのうち里内報告①も、ゴミ焼却物の灰汚水処理は比較的新しい技術であるが、灰汚水に関する文献は少なく、また硫化水素に関する記述も見当らないとしている。

また、里内報告および本多報告により、塵芥焼却場における硫化水素の発生に関連して以下のような新しい知見が報告されるに至つた。

(1) 汚水処理施設内に設置された槽内においては、硫化水素の発生にかかわらず、酸素濃度は減少しないという、従来の常識に反する現象が初めて確認された。

(2) 汚水処理施設内における水質調査の結果、大量の硫酸イオンが存在することが初めて確認された。

(3) 従来塵芥焼却設備において塵芥を焼却した場合、ゴミ中の硫黄は亜硫酸ガスになつて出ていくと常識的に考えられていたが、調査の結果、九〇〇度以上でゴミを燃やした場合は右常識どおりであるが、それ以下の温度の場合には、九〇〇度以上で燃やした場合の一〇〇倍にあたる硫黄が灰の中に移つて灰汚水に出てくることが初めて判明した。

(三) しかるに、右に述べたような知見は、専門の学者でさえ調査の結果初めて知りえた事実であるから、被告がかかる事実を本件事故当時知るはずもない。本件事故発生当時専門家にとつても、ゴミ焼却場の汚水処理施設において硫化水素がいかなる条件で、どの程度発生するかについては未知の点が多かつたのである。

かかる状況からいえば、原告が本件事故後において初めて判明した右調査結果を根拠に、これによつて本件における汚水処理設備の瑕疵の根拠となしうるかのごとく主張している点は、その発想自体に誤りが存するものである。

(四) 本多報告及び里内報告に関する原告の主張について

(1) 原告は、まず「本多報告①の総括の項は、全硫黄中の一一パーセントが遊離型硫黄(S2-)になる可能性を指摘している。」と主張しているが、原告は右総括の項に記載された内容を故意に省略し、誤つて引用しているもので不当である。右総括の項を正しく引用すると次のとおりである。

「長期間、槽内に堆積した汚泥の清掃、除去を行なわず、バッチ運転している設備では、汚水中の硫化物や硫黄イオン(S2-)の濃度が上がり、全硫黄中一一パーセントが遊離型硫黄になつて、気相への硫化水素発生が極めて容易に起こる。」

すなわち、右総括は間欠運転を行なつていたA施設の場合について述べているのであつて、原告の主張するように一般論として全硫黄中の一一パーセントが遊離型硫黄(S2-)になる可能性を指摘したものでないことは明らかであり、かかる引用は極めて不当である。

(2) 原告は、里内報告②に示された数値に基づく主張をしているが、右数値は、「二つの培養槽にPH調整済フライト・コンベアろ液六リットルを移し、それぞれに植種用汚水を二五〇ミリリットルおよび五〇ミリリットル加え、酸化還元電位(ORP)および気相硫化水素濃度を測定した」測定結果であつて、完全密封状態での実験によるもので、覆蓋があつても外部との気体の流通が相当行なわれるような本件第一汚水槽における硫化水素発生状況と対比しうるものでもないし、またこれを推測しうるものでもない。

(五) 前述したように、被告の設計、製造にかかる本件汚水処理施設は、塵芥焼却設備、排ガス処理設備と一体となつて機能するとき初めて所期の目的が達成されるよう考案されているものである。他の二設備の稼働中はいわゆる連続ないし非連続運転を行なうのが本来の運転方法であり、各設備をバラバラに運転すること、とくに汚水処理施設を間欠運転するというようなことは、本来の用法としては全く予定されていない。また、本件汚水処理設備における安全性も、連続ないし非連続運転を行なうことによつて保たれる。

すなわち、本件汚水処理設備は、運転基準として一日昼間八時間、連続して第一汚水槽内の汚水をろ過器に送ることにしてあるので、汚水は毎日一六時間しか滞留しないことになる。また、前記のように、ろ過器から戻つてくる汚水によつて槽内の汚水は攪拌されるので、汚泥が沈降停滞することは少ない。土曜日の正午から月曜日の朝まで運転を休止するとしても、汚水の滞留時間は四四時間であるから、本件汚水処理設備において本来の用法に従い、通常の運転が行なわれる限り、高濃度の硫化水素を発生せしめるような滞留は起こりえない。

現に本件汚水処理設備が運転を開始して以来、本件事故の発生するまでの三年余の期間中、第一汚水槽内における硫化水素の濃度について、原告から指摘を受けたことは全くない。

硫化水素の発生を抑制するには半連続運転の方が無難であり、管理さえ十分になされるときは大きな事故につながるような硫化水素発生はまず起こらない。間欠運転は非常に濃厚な状態で短時間に汚水を処理するという便利さはあつても、本件のような事故を起こす原因となるのである。

4  原告職員の第一汚水槽立入の予見等について

(一) 第一汚水槽内に装備されたポンプは固定されずに自由に上から引揚げうるよう配慮されており、実際に同槽内に入つて点検を行なわねばならない事態は稀にしか生じない。また、同槽内に異常事態が発生したり、機器の故障の場合は、メーカーもしくは専門家に点検・補修を委託することが多く、被告も原告担当職員に対し、異常時、故障時には被告に必ず連絡してほしい旨再三申し入れてきた。

(二) ところで、本件においては、原告の職員は、当日も本件汚水処理設備は間欠運転中であつて、送水管の修理は分秒を争う緊急問題ではなかつたのであるから、当然槽内の酸素濃度及び有毒ガスの測定を、まず行なうべきであつた。原告の職員が、高濃度の硫化水素の発生までも予見しえなかつたことは当然としても、間欠運転の結果停滞した汚泥が、夏季の高温によつて腐敗し、常識的に有毒ガスの発生は容易に予見できたはずであり、槽内に入る前に悪臭によつてこれを感知しえたと思われる。次に、原告の職員は槽内に入る前に、汚泥を取除く作業を行なうべきであり、このことは時間的にも方法的にも十分可能であつたと思われる。仮に、右の処置がとられていなかつたとしても、故障のない保護具だけは着用を怠るべきでなかつた。

(三) しかるに、本件事故直前の第三回目の閉塞のみならず、前二回の閉塞についても被告はこれを知らされてはいないし、被告が今日までに設計施工した数多くの汚水処理設備においては、送水管の閉塞は滅多に発生していないので、被告は本件事故の誘因となつた送水管の閉塞自体すら予見することができなかつた。まして、原告の職員が、何の安全対策も講ずることなく、しかも数名もの現場の職員が次々と無防備のまま槽内に立入ることなどは全く予見できなかつた。

5  原告の管理責任

(一) 本件汚水処理設備の請負契約は、昭和五〇年九月一九日原被告間で成立したが、右契約成立に至るまでに、被告は同設備の内容、運転、安全対策等に関し十分原告の担当職員に説明した。原告は、すでに昭和四六年四月にし尿処理設備を設置し、民生部所属の彦根市清掃センターによつてその管理が行なわれていたのであるから、汚水処理については経験を有しており、塵芥焼却も右清掃センターの管理下に置かれることとなつたから、とくに汚水処理についての原告側の理解は容易であつたはずである。

次いで、昭和五二年六月ころ、工事が完了し、原告に同設備を引渡したのであるが、引渡前である同年二月ころ、被告は原告に対し同設備についての机上説明を行ない、同年三月初めから同年五月末日までの間被告の従業員一名を現場に常駐させて、原告の現場作業員に対する実地訓練を行なつたうえ引渡しを行なつた。

(二) 右引渡によつて同設備は原告の所有するところとなり、これに伴なつて原告は同設備の管理につき一切の責任を負うこととなつた。

ところで、「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」(昭和四五・一二・二五、法一三七)二一条においては、一般廃棄物処理施設の維持管理に関する技術上の業務を担当させるため、技術管理者を置かねばならないと規定されている。また「労働安全衛生法」(昭和四七・六・八、法五七)に基づく「酸素欠乏症等防止規則」(昭和四七・九・三〇、労働省令第四二、以下、「酸欠規則」という。)においても、本件汚水処理設備のごとき場所における作業については、酸素欠乏危険作業主任者を置くことが定められており、原告に明らかに管理責任があるのである。

(三) 被告は、前記机上説明、実地訓練に際し、安全対策については当然のことながら、関係法令を遵守するよう十分指導し警告したのであるが、被告が原告に交付した「ごみ焼却施設の運転管理」(昭和五一・九、被告作成)においても次のような記載がなされている。

「汚物を取扱うため、臭気、酸欠、有毒ガスなどについても十分考慮に入れなければならない。これらの安全、衛生については関係法令を遵守するとともに、それぞれの機器の取扱い要領を守り安全に運転し、災害の防止を念頭に運転管理をおこなわなければならない。」

ところで、酸欠規則は、「労働安全衛生法」に基づく労働省令であつて、規定に該当する事業者は右規則を遵守しなければならないのである。何人も右規則の遵守を免除することはできないし、また規則の不知も認められない。ことに被告から本件焼却場の引渡を受けた後は原告が事業主となり、本件焼却場の維持管理については全面的に責任を有するに至るのであるから、あらゆる観点から適用さるべき法規の検討を行なうのは、地方公共団体である原告としては余りに当然のことである。

しかるに、原告が酸欠規則の存在すら知らなかつたということは、原告がいかに本件汚水処理設備の運転に関する管理を極めて不十分に行なつていたかを窺い知るに十分である。その結果、原告が間欠運転を続けたため、送水管の閉塞を招来し、第一汚水槽内に腐敗した汚泥を滞留させ、原告ら職員において専門家である被告にも通報せず、しかも槽内汚水・汚泥の排出、洗浄、槽内の酸素濃度および有毒ガス濃度の測定、空気マスクの着用といつた安全対策を採るべきであるのに、こうした措置を講ぜずいきなり同槽内に立入つたため本件事故が発生したのである。

以上要するに、本件事故は原告の管理下にあつた同設備において発生したものであるから、その責任はすべて原告が負うべきである。

四  被告の主張に対する原告の反論

1  被告の設計思想について

被告は、本件汚水処理設備がクローズド方式を採用しており、設備内の汚水が排ガス冷却用に再利用される点を強調する。しかしながら、問題はそこで如何なる安全対策が採られるかであり、被告がもつべき安全対策上必要な設計思想は、クローズド方式を採用することによつて汚水を場外に出さない反面として必然的に招来される酸化水素発生の危険性をどう防止するかという点を十分考慮したものであるべきである。また、被告は、本件焼却場が三位一体構造である以上汚水処理設備を連続運転すべき旨主張するが、たとえそうであるとしても、それだけで硫化水素の発生を防止するに十分であるかどうかが、設計思想として検討されるべき事柄である。

2  本件汚水処理設備の機能について

本件汚水処理設備の運転方法について、原告は、被告から、毎時二トンをフライト・コンベア水槽から越流させ八時間運転するというようなことは聞いていないし、そのような指導を受けたこともない。これは、本件事故後、被告が本件汚水処理設備の最大処理能力に関する仕様書の記載をこじつけて、運転方法に関するそれであると主張しているにすぎない。また、被告は毎時二トン越流させる理由を示していないし、毎時二トン越流させることによつて硫化水素の発生を防止することができるのかどうかも不明である。硫化水素の発生防止の観点からすれば、そもそも硫黄分を多量に含んだ汚水をできるだけ設備内に越流させないことこそ必要である。さらに、被告は、硫黄分を含んだ汚水に、清水を補給して希釈すればいいと主張するようであるが、そのようなことをすれば、汚水処理系にかえつて余分な硫黄分を流し込むことになり、むしろ硫化水素発生の危険性を高めることになる。

3  被告の注意義務違反

(一) 予見可能性について

(1) 被告は、本件事故の発生した昭和五五年九月当時においては、塵芥焼却設備および汚水処理設備における硫化水素発生に関しては、科学的な実態調査も未だなされておらず、その実態はほとんど不明といつてよい状態であつたから、原告のいうような「第一汚水槽における致死量に達する硫化水素ガスの発生」を的確に予見することはできなかつたし、その可能性も存しなかつたとして、予見可能性を争う。

(2) しかしながら、硫化水素の毒性の強さに鑑み、被告において一般的・科学的にでもあれ、硫化水素の発生に関する蓋然性を認識していれば予見可能性はあつたというべきである。けだし、硫化水素の毒性は、シアン化水素のそれに匹敵し、労働環境における許容濃度は、わずか一〇ppmである。すなわち、硫化水素は、気中濃度が極めて微量の一〇ppmを超えただけで、人の身体に対する危険をもたらすものであり、五〇ppmを超えれば、人の身体に対し重い傷害をもたらし、三〇〇ppmを超えれば人の生命に対する危険を招く猛毒物質である。そうすると、硫化水素のこうした危険性と人の生命身体という法益の重大性に鑑み、硫化水素発生の蓋然性を有する汚水処理設備を設計施工する被告に対しては、その発生の蓋然性が認識できる以上、結果回避義務が要求されるべきであり、結果回避が可能でもあるから、予見可能性の程度は、硫化水素発生に関する蓋然性の認識で足りるというべきである。

また、こうした結果回避義務を課したとしても、プラント・メーカーたる被告に対し、過大な義務を課すことにはならない。けだし、被告は利潤を得て右プラントの設計、施工を行なうものであり、硫化水素発生の危険性の除去について調査研究費用を投じても、これをコストとして回収しうるのであり、また人的にも右調査研究を行ないうるスタッフも備えており、わずかな費用と努力で、人の生命身体に対する侵害という重大な結果を防止できるからである。

したがつて、プラント・メーカーとして、硫化水素発生という危険をもつくり出す被告としては、その危険回避のため、自ら有する専門的知識と技術を駆使し、高度の調査研究を行なうべき義務があり、またそうした調査研究を尽くしていれば、被告が本件事故後に初めて知りえたと主張する知見は右設計、施工の段階においても手段を講じさえすれば、容易に知ることができたのである。したがつて、被告においても人の生命身体に対し重大な危険を伴なう硫化水素の発生を予見することができ、結果回避の措置をとりえたのである。被告は、この点について、「中間槽における散気装置の有無について」というアンケート調査の結果に基づき、第一汚水槽のような中間槽を有する四六例中、散気装置を有するものは四例(8.7パーセント)にすぎない旨主張する。しかし、右調査結果はむしろ被告はともかく他のプラント・メーカーにおいては、第一汚水槽のような中間槽において、硫化水素が発生する可能性があることを、十分認識し、運転方法による対応ではなくて設備そのものの構造面から対処していたことを物語つているのであり、被告としてもこれを認識し対処すべきであつた。

(3) 仮に、予見可能性の程度が、蓋然性の認識程度では足りないとしても、硫化水素の発生の蓋然性が認識される以上、被告のような専門知識・ノウハウ・技術を有するプラント・メーカーには、一般人と違つて、右プラントで働く人たちに万が一にも硫化水素発生による危険が及ぶことのないようにより高度の調査研究義務が課されて然るべきであり、被告としては、右危険回避のため万全の防止措置を採るべきものである。

(二) 結果回避義務の内容

本件における結果回避義務を分説すれば、第一は、設備から硫化水素が発生する可能性を完全に防止するため万全の措置を採ることであり、第二に、仮に硫化水素が発生する可能性が防止できないとすれば、設備で働く人たちが硫化水素に曝露されることを防止するための万全の措置を採ることである。

そして、第一の義務を尽くすためには、そもそも不要な汚水処理設備は設置しないことであり、設備がやむをえないとしても、例えば本件事故発生後、本件汚水処理設備に施工したように、各汚水槽に散気装置を付けるなど、硫化水素の発生条件を除去するような措置を採るこであり、これは被告のような企業としては容易に採ることができたのである。すなわち、原告は、本件事故後、①散気式ばつ気装置の設置、②灰出汚水槽の縮小と汚水貯槽の新設、③酸化還元電位計と記録計の設置、④排気装置の新設、⑤灰汚水配管の布設等設備改善工事を被告に施工させたが、総工事費は一三六〇万円で、これは本件焼却場全体の総請負金額六億三七〇〇万円の約五〇分の一に過ぎないうえに、本工事の設計施工とともになされておればもつと安価で出来たはずである。

また、第二の義務を尽くすためには、構造上設備を密封して人の立入を不要とするような設計施工をするか、硫化水素が発生するおそれのある設備に人が接触しなければならない場合にも、本件事故の誘因となつた地中配管ではなく架空配管にするとか、デッド・スペースを無くして汚水槽に人が立入る必要をなくすなど、設計施工上種々の措置を採りえたのである。なお、ここで特に留意すべきは、本件事故の原因となつたパイプの詰まりは、被告から本件焼却場の完成引渡を受けた昭和五二年六月ころから、本件事故までの三年余の間に三回も発生したのに、架空配管にした後五年余の間に一回も発生していないということである。しかも、原告としては設備改良後、間欠運転しかしていないのにである。しかるに、被告が設計施工した本件汚水処理設備は、各槽が必要以上に大きいため汚水の滞留が多く、これを攪拌するための措置もとられていないため、硫化水素が発生しやすいばかりでなく、これが過飽和で液相にとどまる危険性が高く、しかも架空配管などの措置がとられていないため、原告の職員が保守点検のために汚水槽に立入らざるをえないなど、施設として極めて欠陥性の高いものであつた。さらに、第二の義務として、設備に働く人々を硫化水素の被爆から守るためには、硫化水素の化学的特性に鑑み、作業員に対し、硫化水素の危険性について十分指導教育する必要があつた。すなわち、硫化水素は過飽和で水に溶けやすいだけでなく、液相では数ppmの硫化水素が、気相では何百、何千あるいは何万ppmにも達するから、これを攪拌すれば極めて危険な状態を招来するのであるが、これは化学的専門知識によれば、すぐ理解しうるものであるばかりでなく、過去の事故例も教えるところでもある。したがつて、このような危険を有する設備で働く人たちに対しては、立入に際し、酸素濃度を測定しても何らの変化もないから、単なる酸欠に関する指導教育をするだけでは足りず、被告としては硫化水素の危険性について周知徹底する義務があり、これは極めて容易なことであつた。しかるに、被告は、原告に対し、本件汚水処理設備は酸欠規則の対象外であり、酸欠主任者を置く必要もないと指導しているのである。その結果、本件では作業員が汚水内に入つてこれを攪拌したため、気相に高濃度の硫化水素が発生し、酸欠だと考えて槽内に入つた小川喜三郎なども硫化水素に破爆することとなつたのである。

4  原告の管理責任について

(一) 被告は、本件汚水処理設備のごとき場所については酸欠規則の適用がある旨主張する。

しかるに、同設備引渡時のテキストである「ごみ焼却施設の運転管理」においても、机上説明時の講座においても、その他の文書においても、被告から原告に対し、同設備につき酸欠規則の適用がある旨の指示は全くなく、逆に、酸素欠乏危険作業主任者を置く必要はない(すなわち、酸欠規則の適用はない)旨の立場で対応してきた。したがつて、原告としても、本件焼却場に隣接するし尿処理場においては、酸欠規則の適用があるとの指導を受け、右主任者を置いていたのに、本件焼却場ではその必要がないものと判断し、主任者を置かなかつたのである。原告としては、被告が多数の市町村においてゴミ焼却場を設置し、その法律関係にも詳しいことから、被告の指導を信頼し、被告が設置した他の多くの施設においても酸欠規則の適用はないものと信じて、酸欠主任者も選任しなかつたのである。したがつて、仮に本件事故当時において本件焼却場に酸欠規則が適用されるべきであつたとしても、これを遵守しなかつた原告の責任を被告が云々することは許されない。

(二) 被告は、本件事故発生の原因は、原告の職員において、第一汚水槽に入るに当たり、酸素濃度の測定はもちろん、有毒ガスの測定を行なわず、ホースマスク等の保護具を着用しなかつたことにある旨主張する。

しかるに、原告およびその職員が、本件汚水処理設備について酸欠規則の規制対象外の施設であると認識し、右認識に無理からぬものがあつたことは前記(一)記載のとおりであるから、予見可能性がなく、この点は過失を構成しない。仮に、酸素濃度を測定すべきであつたとしても、当時の酸素濃度測定器では、その目盛が一パーセントごとであることからして、酸素欠乏の事実を検知しえず、したがつて、硫化水素による事故を防止するための有効な措置とはなりえず、結果を回避できなかつたものであり、ゆえに過失の要件たる結果回避義務を怠つたことにはならない。また、ホースマスクの着用はまず酸素濃度を測定し、これが不足する場合に、結果回避のため、義務づけられるものであるから、右回避義務に対応するものとして要求される予見可能性は、濃度測定をふまえたものであり、一般的にあらゆる危険性を前提にするものではない。したがつて、マスクを着用しなかつたとしても、予見可能性を欠き、過失を構成しない。さらに、有毒ガスを測定しなかつたことについては、硫化水素濃度の測定が義務づけられたのが昭和五七年以後のことであり、当時としては一般的ではなかつたばかりでなく、原告において常備する酸素濃度測定器では、硫化水素の危険性を測定することはできず、被告の主張は不可能を強いるものといわなければならない。

5  運転方法と硫化水素の発生

(一) 被告は、原告が汚水処理設備を間欠運転していたため第一汚水槽で大量の硫化水素が発生した旨主張する。

被告のいう半連続運転とは、運転時間にかかわらず毎日動かすことをいうものと思われる。そこで、フライト・コンベア水槽から越流した汚水は、灰出汚水槽、汚水貯槽、沈澱槽へと流れていくところ、各槽の大きさが汚水の滞留時間との関係で問題となる。各槽にレベル・スイッチが設置されているが、このレベル・スイッチはある一定量まで汚水が滞留しなければ作動しない。したがつて、たとえ半連続運転をしたとしても、灰出汚水槽、汚水貯槽が大きいものであれば、汚水の滞留時間も長く、硫化水素発生の条件である還元状態が容易に発生する。例えば、本多報告①のA施設をみると、灰出汚水ピットが容積8.7立方メートルであり、汚水貯槽が16.5立方メートルであるので、合計25.2立方メートルの大量の汚水が滞留することになる。毎日二、三時間程度の半連続運転であれば、滞留した汚水が入れ替わることは少なく、長時間滞留することになり、汚水の滞留という観点からすれば間欠運転と半連続運転とで区別がなくなる。里内報告②によれば、フライト・コンベアろ液は、夏場では一日経過しただけで七〇〇ppmの致死量の硫化水素が発生することが指摘されている。このように短期間に高濃度の硫化水素が発生するものであるので、たとえ運転方法が間欠、半連続のいずれであろうとも、滞留して還元状態になり硫化水素発生の条件を満たすことにかわりはない。

(二) 被告は、第一汚水槽において硫化水素が発生し、本件事故が起きたのは、原告が本件汚水処理設備につき間欠運転を行ない、被告の予定していた連続ないし非連続運転を行なわなかつたことによるのであつて、被告の主張する運転方法を採つていれば、第一汚水槽につき人の生命身体に危険を及ぼすような硫化水素は発生せず、事故は回避できた旨主張する。

しかしながら、里内報告②において、実験室で行なつた極めて硫化水素が発生しにくい条件のもとでも、二四時間で七〇〇ppmもの硫化水素が発生するという記述があるところ、被告も認めるとおり汚水の滞留時間は四四時間ある場合もあるのである(もつとも、これは運転休止時間であつて、汚水が汚水処理系を通過するのに要する時間ではない。たとえば、本件沈澱槽は、二一立方メートルあるが、毎時二トン(二立方メートル)しか同槽を通過しないから、同槽における滞留時間を単純計算しても、10.5時間を要し、次いで、第一汚水槽でレベル・スイッチの高さにより、常に五立方メートルの汚水が滞留するとすれば2.5時間を要するなど、連続運転していても汚水が系内に留まる時間は、被告の主張時間より長くなる。本多報告①の総括の項においては、半連続運転で各槽に0.5から1.5日滞留し、全工程で五日弱かかつているとされている。)。しかるに、被告は、秋のある一日に測定したI施設の調査結果で、連続運転により第一汚水槽における危険な硫化水素の発生を防止できるというのであるが、その科学的・理論的根拠は全く提示されていない。I施設の第一汚水槽の底の方では、夏場であれば硫化水素がどんどん発生する状態にあるのである。

(三) 被告は、運転方法を半連続運転と間欠運転とに分け、半連続運転であれば本件事故は発生しなかつた旨主張し、本多報告①②を援用する。

しかし、本多報告については、はたして学問的評価に耐えうるか疑問である。ある化学的な結論を下すためには、その結論が種々の条件によつて左右されるものであれば、その条件についてできるだけ同一のものとしたうえ、検証を終えなければならないのは論理のうえから当然のことである。しかるに、本多報告では、半連続運転と間欠運転をしている五つのプラントを比較しているが、硫化水素の発生の条件となる汚水の滞留時間を考察するためのプラントの運転時間については、A、Iの二つのプラントについてしか記載がない。また、槽の汚泥には、硫化水素になりやすいものが沢山含まれるので、槽の清掃の有無は重要な要素であるにもかかわらず、その条件を整えずに、設置以来清掃を行なつていないA施設と、調査の一週間前に清掃を行なつたI施設を同じものとして比較している。本多論文は、そもそも硫化水素の発生条件と運転方法についてがテーマであるので、発生条件を左右する事項については検証する必要があるのであるから、はたして同論文が学問的立場から書かれたものか疑問が残る。

(四) 原告は、結果回避義務を尽くすためにはハード面で設備上の安全対策を採る必要があると主張し、また、物的対策をとれば容易に結果回避ができたと主張するのに対し、被告は、毎時二トンの汚水の放流ないし非連続運転など、運用上の対策によつて、結果回避ができたというのであるが、科学的・理論的に被告の主張を裏付ける根拠は全くない。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一争いのない事実

原告が地方自治法一条の二に定める普通地方公共団体で、同法二条に基づく事務として、塵芥処理場の設置(同条三項六号)などを行なうものであること、被告が、ゴミ焼却炉、水処理装置などの設計、施工等を業とする株式会社であること、原告が、被告との間で、昭和五〇年九月一九日、本件焼却場の設計、施工を被告に代金六億三七〇〇万円で請負わせる旨の請負契約を締結し、昭和五二年六月ころ、被告からその引渡を受けたこと、昭和五五年九月四日午前一〇時四〇分ころ、本件焼却場の汚水処理設備である第一汚水槽において、原告の職員五名が死亡したこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

第二本件事故の発生状況

〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

一本件事故当時、原告の清掃センター内の本件焼却場には、荒尾茂(以下「荒尾」という。)、馬場康次(以下「馬場」という。)、杉本幸広(以下「杉本」という。)、江畑耕二(以下「江畑」という。)及び岸田宣夫(以下「岸田」という。)の五名の職員が勤務していた。

職制上右五名のうち、馬場は廃棄物処理施設の技術管理者で五名のまとめ役であり、荒尾は補機(機械の点検等)を、江畑は機械を、岸田は電気設備を、杉本はクレーンを中心にそれぞれ担当することになつていたが、日常の設備運転業務の実際においては、本件焼却場の各部署の仕事を順次交替で担当していた。

二本件事故の発生状況については、右五名全員が死亡したため判然としない点もあるが、概ね次のとおりとみられる。

1  本件汚水処理設備において、昭和五五年九月四日、沈澱槽から第一汚水槽への送水パイプの閉塞事故が発生した。そこで、岸田は、同日午前一〇時四〇分ころ、上司に右閉塞事故を報告することもなく、自ら閉塞部分の修理のため、マスク等一切着用せずに第一汚水槽に入つたところ、同人の足で同槽の底に溜つていた過飽和状態で硫化水素を溶存する汚水を攪拌したことにより一気に集中して大量の硫化水素ガスが発生し、同人は、硫化水素ガス中毒により同槽内で昏倒した。杉本は、岸田が昏倒したことを知り、救急車を呼ぶとともに救助のため岸田同様何の装備もせず同槽に入り、やはり硫化水素ガス中毒により同槽内で昏倒した。馬場、荒尾についても同様と思われる。

2  小川喜三郎(以下「小川」という。)は、原告の職員で清掃センターの施設係長であつたが、事故当時、本件焼却場に隣接した衛生処理場内にいたところ、岸田が倒れた、救急車を呼んだからすぐ行つてくれとの連絡を受けて、第一汚水槽に駆けつけた。他方、宮本守(以下「宮本」という。)は、原告の職員で同じく本件焼却場に隣接する粗大ゴミ処理場に勤務していたが、事故当時救急車の音を聞きつけて第一汚水槽に駆けつけ、そこで小川と出会つた。小川と宮本が駆けつけたとき、同槽内で荒尾が仰向けに浮かんでいたので、小川は、多分酸欠事故ではなかろうかと考え、呼吸を止めてさえいれば大丈夫であると思い、マスクを着用せず、ロープを腰に巻き、宮本にロープの端を持たせて同槽のタラップを降り、荒尾を引つ張りあげたが、小川はそこで意識を失つた。当時、現場に駆けつけた同僚や救急隊員にとつては同槽内に誰が入つているのかも必ずしもはつきりしなかつたが、荒尾の他にも入つている者がいるとのことで、届いたホースマスクを組み立てていたところ、クレーンを取扱つていた江畑が駆けつけ、同僚が中にいるから自分が助けると言つて、救急隊員が着用を勧めたローブを着用せず右マスクだけ着用して同槽内に入つたところ、マスクの装着が不完全だつたためか、江畑も同槽内で昏倒した。そして、結局、岸田、杉本、馬場、荒尾及び江畑の五名は硫化水素ガス中毒で死亡した。

第三被告の本件債務不履行責任の存否

一本件汚水処理設備の概要等

〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

1  本件焼却場の概要

本件焼却場は、別紙(一)記載のとおり、塵芥焼却設備、排ガス処理設備及び汚水処理設備の三つの機能を持つた各設備から成り立つている。すなわち、塵芥焼却設備において、焼却炉で塵芥を焼却すると、微塵を含んだ高温の排ガスと余熱をもつた灰が発生する。このうち高温の排ガスは排ガス処理設備で減温、集塵がなされる。他方、余熱をもつた灰は、フライト・コンベア水槽に投下されて吸湿し消火されて灰バンカから排出されるが、その間に汚水が発生するので、それを汚水処理設備で処理する。

2  排ガス処理設備

焼却炉で塵芥を八〇〇度ないし九〇〇度で焼却することにより発生した高温の燃焼ガスを水噴射装置によりノズルから噴射される水で減温し、次に空気予熱器に燃焼ガスが空気冷却されながら入つて熱交換する。そして、燃焼ガスを三〇〇度に減温してマルチサイクロン(排ガス中のばい塵を機械的に除去する機械)、電気集塵器等の除塵装置へ送り込み、ガス中のダストを機械的、電気的に除去すると同時に温水熱交換器で余熱を利用して温水をつくり、その後誘引送風器を経て煙突から排ガスとして放出する。

3  汚水処理設備

(一) 灰出汚水ピットには、フライト・コンベア水槽からの越流水、炉室床洗浄水及びろ過器の洗浄戻り水等が入つてくる。右汚水は、中和凝集槽、沈澱槽、第一汚水槽、ろ過器という処理過程を順に経て、第二汚水槽に送られ、ここで、補給水(清水)と混合され、最終的に排ガス処理設備のガス減温用の噴霧水として全量消費される。すなわち、本件焼却場は、汚水を場外に放流せず、場内ですべて消化するいわゆるクローズド方式を採用している。

(二) 汚水処理設備内の各槽

(1) フライト・コンベア水槽

フライト・コンベア水槽には、①補給水(補給量については後記のとおり)、②排ガス処理設備のガス減温用の噴霧水の余剰水(連続して発生)、③ガス減温室の下に沈降堆積したダストの洗浄作業によつて生ずる洗浄水(一日一、二回発生)、④灰バンカからの滴下水、⑤灰バンカの洗浄水、⑥汚泥ピットの上澄水などが入り、越流して、灰出汚水ピットに重力流下する。

(2) 灰出汚水ピット

灰出汚水ピットには、フライト・コンベア水槽からの越流水、炉室床洗浄水及びろ過器の洗浄戻り水が入る。これら灰出汚水ピットに入つてくる汚水の水質は、排ガス系の洗浄により生じたものは強い酸性であり、一方フライト・コンベア水槽の中で焼却灰によつて生じたものは強いアルカリ性であるなどそれぞれ性状が異なる。灰出汚水ピットは、後の汚水処理を容易にするため、こうした性状の異なる汚水を混合、攪拌し水質の平均化をはかる槽である。すなわち、灰出汚水ピットの中に攪拌ブロアーにより大気を連続噴射して汚水を浮遊攪拌し、また、灰出汚水ピットから汚水処理系(中和凝集槽)にポンプで毎時一二トンの汚水を圧送するが、一方で中和凝集槽に設けられた堰により、毎時一〇トンの汚水は余剰水として灰出汚水ピットに戻つてくる形にしているので、それらにより汚水が攪拌混合され水質の平均化がはかられる。

(3) 中和凝集槽

中和凝集槽の役割は、次の凝集沈澱処理のために汚水のPHを一定にすることである。そこで、中和凝集槽では、汚水のPHを整えるために硫酸又は苛性ソーダを中性化を目標としてPH計に連動させて逐次注入して薬液処理をする。そして、PHの整えられた汚水に、硫酸バンド(凝集剤)を定量注入して懸濁物質をつくり、さらに、沈降分離しやすいように凝集助剤を定量加える。

(4) 沈澱槽

沈澱槽の役割は汚水の中のフロッグ(固形物)を沈澱、分離し蓄えることである。そのため、汚水は沈澱槽に自然流下し、大型のフロッグ化されたものを重力沈降させたうえ集泥器で分離させ、分離沈降した汚泥を汚泥ピットに排泥して蓄え、バキューム車で搬出する。そして、沈澱槽で汚泥と分離された上澄水は、重力により流下して第一汚水槽へ送られる。

(5) 第一汚水槽

第一汚水槽は、沈澱槽から流下してきた上澄水をろ過器へ送る中継槽、中間槽であり、そこで格別の汚水処理がなされる訳ではない。ろ過器へは毎時六トンの上澄水を送る能力があり、そのうち四トンは第一汚水槽に戻すことになつており、結局最大毎時二トンがろ過器に送られる。

(6) ろ過器

ろ過器は、砂ろ過器であり、ろ過剤の砂の中を汚水を通過させる過程で、凝集、沈澱作用でとれなかつた細かい浮遊物質(SS)分をさらにろ過し除去する。そして、第二汚水槽の方へ流しやすいようにしている。

(7) 第二汚水槽

本件汚水処理設備では、上叙のとおり汚水は最終的に排ガス処理設備のガス減温用の定量の噴霧水に利用されている。しかし、ろ過器から出てくる汚水の処理水だけでは右噴霧水の量として足りないこともあるので、第二汚水槽で補給水(清水)を加え、一定の水量を確保している。すなわち、第二汚水槽は、汚水と清水との混合水を使つて常に一定の水噴射をするための用水を確保する混合槽である。

4  クローズド方式

本件汚水処理設備に採用されているクローズド方式は、場内で発生した汚水をすべて場内で処理し設備外へ出さない方式である。これに対し、設備外へ処理汚水を放流するいわゆる放流方式では、環境保全のために排出規制を受けるため、汚水の水質を規制値以下にすべく高度な処理をしてから放流する必要がある。しかし、この点汚水を場内で処理するクローズド方式では必要最小限度の水処理でよく、設備そのものの規模も縮小化でき、またその維持管理も簡単になり、環境保全の面からも施設の施工及び維持管理の面からも、放流方式より優れている。

二本件焼却場の受注から完成引渡までの経緯

〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

1  被告は、原告から、昭和五〇年九月、本件焼却場の設計施工を受注したが、当初の見積計画段階(同月四日付見積図〈証拠〉参照)ではセミクローズド方式ともいうべき設備が計画されていた。これは、自然沈降の沈澱処理、すなわち、処理過程で生ずる汚水をじつと置いておいてただPHコントロールだけしてその上澄水を使おうという方法で、ほとんど無処理水の再利用ともいうべき方式であつた。しかし、右方式では、プラントへの汚水の再利用の面においても汚水処理自体の面でも不十分であることから、同月一八日付(〈証拠〉参照)で、現実に納入された凝集沈澱処理という高度の処理方法を採用することを前提とした図面が作成された。そして、翌一九日、原、被告間で、右処理方法による本件焼却場の設計施工を原告が被告に請負わせる旨の契約が成立した。

2  そして、実施設計の段階に入り、原告、被告の各担当者間で、昭和五〇年一〇月三〇日以降細部の打合せが続くなかで、昭和五〇年一二月に確定仕様書、契約図面の作成、昭和五一年八月に承認図の作成がなされ、同五二年一月からは取扱説明書の作成が始められた。

3  昭和五二年二月ころ本件焼却場の設備は、一応完成し、各機器は動調整段階にあつたところ、同月二二日から五日間にわたつて、被告から原告に対して右機器の作動の机上訓練が行なわれた。そのうち、汚水処理設備については同月二三日彦根市役所でなされ、被告の担当者である佐藤博之(被告の環境開発第一本部技術第二部第三課員で本件焼却場の実施設計を担当した)が原告の職員である馬場ら五、六名に対し、自ら作成した設計仕様書(〈証拠〉)、取扱説明書(〈証拠〉)等に基づき、本件汚水処理設備の方式、運転方法、他の設備部分との連関等について講義形式で約二時間にわたり説明し、その後、現場で処理過程に従い実地説明をした。その後、約三か月間、被告の運転員一名が常駐し、運転指導、試運転、性能テストを経て、昭和五二年六月ころ、本件焼却場は原告に引渡された。

三運転の実態

〈証拠〉を総合すれば、本件汚水処理設備は、稼働開始当初ころは、かなりの量のダスト沈降用水を使つており、補給水を用いなくともフライト・コンベア水槽からの越流はあり、ほぼ非連続運転がなされていたこと、ところが、その後、いつの頃からか、ダスト沈降用水を用いなくなり、現場の職員の宮本らの独自の判断で、一日二、三回行なわれるダンピング(灰出フライトコンベア上の灰を落すこと)の際に補給水を加えるという運転方法に変更され、本件汚水処理設備の運転頻度は大きく空くこととなり、本件事故当時実施されていた間欠運転になつていつたこと、なお、右運転方法変更の理由は、従前の非連続運転ではフライト・コンベア水槽のオーバーフロー口に浮遊ゴミが流れ込み、これを取り除くのに手間がかかるという不便が現場にあり、そのため職員らは上司に報告してこれを変更したものであるが、原告から被告への右変更の連絡はなされなかつたこと、以上の事実を認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

四本件汚水処理設備の設計段階で想定されていた運転方法

1 本件汚水処理設備の運転方法について、原告は、三で認定したような間欠運転で足りる旨主張し、これに対し、被告は、フライト・コンベア水槽に毎時二トンの清水を補給して越流させ、非連続運転すべき旨主張して争つている。すなわち、被告は、本件汚水処理設備はクローズド方式を採つており、かつ、塵芥焼却設備及び排ガス処理設備と三位一体構造をなしており、フライト・コンベア水槽への清水の補給、越流は必要である旨主張するのに対し、原告は、フライト・コンベア水槽に清水を補給して越流させることは硫黄分を含んだ汚水をことさら作り出すものであるから、補給、越流は避けられねばならない旨主張する。

2  〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

(一) 塵芥焼却設備で発生した灰は、一旦溜められた後、一日二、三回、ダンピングレートを開きシュートを通してフライト・コンベア水槽に落とされているところ、燃焼の安定維持のため、右水槽の水面下にシュートを貫通させて外気と燃焼室とを遮断する水封の必要がある。この水封の維持のためには一定の水位を保つ必要があるところ、焼却場に持ち込まれるゴミ質には、季節、曜日、時間等により相当の差があるため燃焼状態にも差があり、焼却灰の質にも差があるので、清水の定量補給が簡便な水位保持方式である。

(二) フライト・コンベア水槽には、マルチサイクロン、電気集塵装置で集塵された飛灰も含水させ排出しやすいように落とし込んでおり、その他に水噴射による余剰水、洗浄水なども入つてくる。したがつて、そのまま置いておくと濃縮、腐敗により水質が悪くなり、機器の腐食、摩耗に進んでいくので、それを防止するため補給水を連続して入れて常に水質を維持安定させる必要がある(なお、フライト・コンベア水槽内の汚水はPH一一以上ゆえ、生物反応はなく、有毒ガスの発生はない。)。

(三) フライト・コンベア水槽には、一時的に灰出洗浄水が入つてきたり、灰をダンピングすることにより一時的に多量の灰を水の中に落とした際に灰はその蒸発熱でもつて急激な膨張をしたりするので、本件焼却場では、越流量を全くなしにすることはできない。すなわち、清水を補給しないと、非常に濃縮された汚水が断片的に発生し、そのまま灰出汚水ピットに行くことになり、また、汚水処理設備は自然停止状態が長く続き、各槽で汚泥が滞留してその沈降、腐敗がすすみ、PHの整えられる中和凝集槽以降では、硫化水素の発生しやすい状況にもなるし、さらに、中和凝集槽での薬剤の定量供給もできなくなるなどの不都合が生ずる。

3  右(一)ないし(三)の認定事実によれば、水封の維持及びフライト・コンベア水槽内の水質の維持管理の必要性、汚水処理設備全体の安定稼働の必要性が肯認されるほか、前記一4認定のとおり本件汚水処理設備が採用しているクローズド方式それ自体には十分の合理性があり、他の方式と比較しても優れた汚水処理方式とみられることなどに鑑みると、フライト・コンベア水槽に清水を定量補給し越流させて本件汚水処理設備を稼働させるとする被告の右設備の設計思想に関する主張は十分に理由があるものということができ、他面清水を補給して硫黄分を含む汚水を設備内に越流させていく以上、汚水処理設備、とりわけ中和凝集槽以降ではPH七前後となり生物反応も活発となるので、その安全性確保有毒ガス対策等の後述するような構造上の問題点はあるものの右設計思想自体には特に問題はなく、むしろ、原告のなした前記間欠運転という運転方法に問題があることを否定することはできない。

もつとも、〈証拠〉を総合すれば、本件焼却場の焼却灰の含水率は毎月一回求められているが、三三回の測定の平均値は39.3パーセント(標準偏差4.23パーセント)であるところ、本件焼却場のごみ処理年報によると、昭和五三ないし五五年度における焼却残渣搬出量は一日あたり順次7.56トン、8.05トン、7.7トン、平均7.79トンであり、これに右含水率を乗ずると、フライト・コンベア水槽から焼却灰と共に灰バンカへ出ていく汚水量は0.383トン/時となること、他方、フライト・コンベア水槽に入つてくる減温水量は、昭和五六年九月八日及び同月九日における測定値の平均を取ると、0.370トン/時であること、がそれぞれ認められるところ、証人里内、同菊地は、右調査結果に基づき、ガス減温水としてフライト・コンベア水槽に入つてくる水量と灰とともに捨てられる水量とが計算上概ねつり合つていることのみをもつて本件汚水処理設備自体が不要であるかのごとき証言をするが、かかる物質収支のみに基づく議論は余りに微視的に過ぎ、前記2に設定の清水を補給しなかつた場合の本件汚水処理設備全体の運転上の問題点を無視するものであつて、これを直ちに採用することができない。

4  そこで、次に、被告が設計段階で想定していた、フライト・コンベア水槽への清水の補給量はどの程度かについて判断する。

(一) 〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(1) フライト・コンベア水槽に清水を毎時二トン補給しても、一方で灰に吸湿されて灰バンカに排出される水量があり、他方で同槽には補給水のほか、ガス減温用噴霧水の余剰水(連続して発生)、ガス減温室のダストの洗浄水(一日一、二回発生)、灰バンカの滴下水などが入つてくるため、越流水量は、時により、毎時二トンを越えることも下回ることもありうる。

(2) 灰出汚水ピットには、右越流水、炉室床洗浄水、ろ過器の洗浄戻り水などが入つてくるところ、同ピットのポンプは、フロート・スイッチにより、下限を越すと自動的に稼働し、上限を越すと汚水が多過ぎるということで中央制御室のランプが点滅するようになつている。

(3) 汚水処理設備は、稼働中は、毎時二トンの汚水を処理する能力を有する。

(4) フライト・コンベア水槽の補給のバルブは、正確に毎時二トンを計ることができるものではない。

(5) 本件事故後、被告が彦根労働基準監督署に提出した水バランス表(甲第一号証)によると、これは一般的に一日八時間運転で三〇トンの塵芥を処理できる焼却炉が二炉あるプラントを想定して作成されたものであるが、フライト・コンベア水槽に毎時2.06トンの清水を補給すると、灰持出水が毎時1.2トンあり、フライト・コンベア水槽から灰出汚水ピットへの流出量は、灰汚水が一日八時間で6.88トン、バンカ下床洗い汚水が一日一トン、水噴射水戻り水一日1.2ないし2.4トン、汚泥上澄水一日0.2トンとなり、汚水処理系で処理する汚水の量は、合計一日9.28ないし10.48トンとなつている。

以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二) 以上認定の事実によれば、フライト・コンベア水槽への清水の補給量は、本件汚水処理設備の設計上毎時約二トンと考えられていたと認められる。

5 そこで、さらに進んで右補給を、本件事故前に被告が原告に適切に指導していたか否かについて判断する。

この点につき、被告は指導していた旨主張するのに対し、原告は被告が本件事故後に初めて言い出したものである旨主張するところ、汚水処理設備設計仕様書(〈証拠〉)中の第一章(設計基本)第三節(設計条件)の第一項(灰汚水処理設備汚水排水量と水質)には汚水排出量として、「2m3/hr(16m3/8hr)」という記載がみられる。しかし、仕様書という文書の性質上、原告主張のように、右記載は、本件汚水処理設備の汚水の最大処理能力を示すものとみるのが自然であろう。しかし、前認定のとおり、そもそも最初から本件汚水処理設備はフライト・コンベア水槽に毎時約二トンの清水を補給し、越流させるのを受けて稼働するよう設計されていたとみられること、稼働当初のころはほぼ非連続運転がなされていたとみられること、及び右清水補給とその補給量は本件汚水処理設備運転操作上の最も基本的な重要事項とみられることなどの事情に加え、机上訓練の際にこの点を指導したとする証人田中の証言を総合すれば、被告は、原告に対し、本件事故前にフライト・コンベア水槽への毎時約二トンの清水の補給について全く指導していなかつたものとは認め難い。

しかしながら、被告の右指導については本件事故後の昭和五六年三月ころ、被告が滋賀総業に運転の委託をした際の運転引継書(〈証拠〉)に記載してあるように(〈証拠〉運転上の留意事項4汚水関係には、「炉の運転時間に合致させて(現行8h/d)、汚水を計画量(2m3/h)流して正常な運転を行つて下さい。」と記載されている。)、書面にはしていなかつた(前叙のとおり被告の設計思想からすれば、本件汚水処理設備の運転操作上の最も基本的な事項なのであるから、運転操作のマニュアル等の文書に被指導者側の理解力も考慮して誰にも判りやすく明記されるべきものであろう。)のであるから、その指導は必ずしも十分適切ではなかつたものと認めるのが相当である。

五硫化水素の発生の機序

1  硫化水素の危険性

〈証拠〉を総合すれば、一般に硫化水素は、三〜五ppmで悪臭が強く、一〇ppmが労働環境上の許容濃度とされ、二〇〜三〇ppmで臭いへの慣れの現象があり、一七〇〜三〇〇ppmでは一時間程度耐えられるが、四〇〇〜七〇〇ppmでは三〇〜六〇分の曝露で生命が危険にさらされ、七〇〇ppm以上では失神、死亡するとされていることが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、硫化水素が微量でも猛毒で人間にとつて誠に危険な化学物質であることは明らかである。

2  硫化水素の化学特性

〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

(一) 密閉状態下において、一定のガスの溶けている液体と気相とのバランスがとれて安定した状態、すなわち平衡状態においてその濃度は気相内の溶質の分圧に比例する関係をいわゆるヘンリーの法則というところ、右法則によれば、完全密閉で、一気圧、温度一定で、他物質が全く混入していない水においては、水中で硫黄イオン(S2-)の濃度が一ppmであるときこれが気相に出ると、計算上、硫化水素濃度は二八八〜四〇八ppmとなる。

(二) 二五度、一気圧、体積9.5立方メートルの槽に、硫化水素を含まない空気六立方メートル、硫化水素四ppmを含む水3.5立方メートルがあり、両者が接触しているとき、計算上硫酸イオン(SO42-)一二ppmが還元されて、硫化水素(H2S)四ppmが生成し、溶液中の硫化水素は、気相空間に拡散して平衡に達する。この時の気相中の硫化水素濃度は六八五ppm、液相中の硫化水素濃度は2.35ppmである。

(三) 理論的には過飽和状態の硫黄イオン(S2-)は全量硫化水素ガスとなつて気相に出てくると考えてよく、硫化水素は攪拌により一気に発生しやすい化学特性を有しており、こうした硫化水素の化学特性は、既に一九世紀には知られていた。

右認定事実に基づき、これを汚水処理設備の構造に即して考えると、汚水処理設備業者である被告としてもこうした硫化水素の一般的化学特性は十分知悉していたとみられ、また、仮に当該汚水処理設備において硫黄イオン(S2-)を含んだ汚水を長時間滞留させる構造部分があるとすれば、硫化水素発生の危険性が高く望ましくないものといわざるを得ない。

3  ゴミ焼却場における硫化水素発生のメカニズム等

(一) 〈証拠〉を総合すれば、家庭から排出されるゴミのうち、主に、紙、厨芥等を焼却することにより、硫黄分が生成され、生成された硫黄は、硫黄酸化物として空気中に出ていく分と、灰の中に入つてフライト・コンベア水槽に出てくる分とがあること、本件焼却場の設計施工当時、塵芥焼却場における、灰の中の硫黄分の量は確かめられていなかつたが、灰汚水から硫化水素が発生することは、専門家には知られていたこと、以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二) 〈証拠〉によれば、硫化水素の基質である硫酸イオンは灰汚水、生活排水、洗車排水及びそれらの汚水を凝集させるために添加した硫酸バンドから供給されること、汚水中に栄養源として有機物、窒素、燐などが存在し、適切な水温(室温程度)、PHが保たれ、嫌気的条件におかれていると、そこに硫酸塩還元菌が生育して、硫化物や硫黄イオン(S2-)、硫化水素イオン(HS-)から化学平衡的(有機物、浮遊物質、塩類などを含む複雑な系)に溶存硫化水素が生成し、攪拌、ばつ気などによつて気相中に放出されること、硫化水素の溶存濃度は水の条件によつて異なるが、著しく過飽和な状態で存在することがあり、少しの攪拌でも、集中して高度にガス化することがあること、以上の事実を認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三) 〈証拠〉を総合すれば、本件汚水処理設備における硫黄源として想定されるものとしては、硫酸バンド、焼却灰、排煙が挙げられるところ、硫酸バンドを凝集沈澱剤として用いるゴミ焼却場汚水処理施設において硫酸根の物質収支を求め、これをもとに硫黄源の寄与割合を求めたところ、焼却灰が七割を占め、残りの三割を排煙と硫酸バンドがほぼ等しく分け合つていたこと、これにより、ゴミ焼却場汚水処理施設において焼却灰は最大の硫黄源となること、および凝集沈澱剤を硫酸バンド以外の薬剤に変えても汚水処理系にある硫黄分の減少する割合は小さく、有効な硫化水素抑制対策とはなりえないこと、以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

六運転方法と硫化水素発生の危険性との関係

1  里内報告②

〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一) 里内勝、菊地憲次、上田邦夫(以下「里内ら」という。)が、昭和五六年五月八日、同月二一日、同年六月二日、同年七月九日、本件汚水処理設備の、フライト、コンベア水槽、減温水、灰出汚水槽、分配槽(中和凝集槽)、沈澱槽、汚泥ピット、第一汚水槽の各槽から採水し、調査したところ、フライト・コンベア水槽及び減温水以外では、酸化還元電位(この電位が−100〜400mVのように低ければ強還元性物質の存在を示し、+200〜+800mVのように高ければ、酸化反応生成物の存在を示す。)も−200mV以下であり、硫酸還元菌の密度も高く、硫酸根も二〇〇〇ppm前後であり、化学的酸素要求量(COD)も各槽を経るに従つて少なくなり、フライト・コンベア水槽以外の汚水処理系の各槽では硫化水素の発生しやすい状況であつた。ただし、右各採水日に、本件汚水処理設備が稼働していたかどうかは、はつきりしない。

さらに、里内報告②の右調査結果によれば、硫化水素は、常に検出されるものではなく、汚水処理施設の運転状況に依存することが大きいこと、すなわち、汚水が停滞している時は硫化水素が蓄積しやすく、移動している時はその逆となることが報告されている。

(二) 里内らは、昭和五六年二月から三月ころ、本来アルカリ性のため硫酸還元菌が発生しないフライト・コンベア水槽の汚水に、どういう条件が揃えば硫化水素が発生するかを解明するため調査した。

(1) まず、できるだけ硫酸還元の起こりにくい条件をつくるため、フライト・コンベア水槽の汚水をろ紙でろ過して有機物を相当量取り去り、PH七に調整して、硫酸還元菌を加えないまま、実験室の培養器で培養し、PH、酸化還元電位、硫黄イオン電極電位の経時変化を測定していたところ、硫化水素の発生する状況には至らなかつた。

(2) 次に、右(1)と同様にして作られた、フライト・コンベア水槽の汚水のろ液に、第一汚水槽の汚水を一〇分の一加えて、実験室の培養器で培養し、PH、酸化還元電位、硫黄イオン電極電位の経時変化を測定したところ、七日目くらいから硫化水素の発生しやすい数値となつた。

(三) 右(二)の実験は、冬期の気温が低く、生物活性の低い時期に行なわれていたので、里内らは、気温が高く、生物活性の高い夏期に、さらに次の実験を行なつた。

すなわち、昭和五六年八月に、「夏期における硫酸還元菌を植種したフライト・コンベアろ液からの硫化水素の発生」と題した実験を、里内の実験室で行なつたところ、次のような結果となつた。二つの培養槽にPH調整済フライト・コンベア汚水のろ液六リットルを移し、それぞれに第一汚水槽の汚水を二五〇ミリリットル(試料1)及び五〇ミリリットル(試料2)植種して、酸化還元電位(ORP)及び気相硫化水素濃度を測定した。ここでの植種量は冬期の場合(右(二))のものの三分の一から一〇分の一である。その測定結果は、試料1の場合、一日経過しただけで高濃度の硫化水素が発生し、四日後には濃度二万ppmを越した。植種量が試料1の場合の五分の一とした試料2でも、硫化水素の発生は遅れたものの、六日目で六〇〇ppm、一二日目には二万ppm以上となつた。以上の実験から、里内報告②では、有機性の浮遊物質(SS)を含まない灰汚水ろ液でも硫化水素が発生し、夏期には特にそれが著しいから、夏期の汚水処理施設における汚水の停滞は避けられるべきであろうと結論づけている。

2  本多報告①

〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

同報告は、全国の灰汚水処理設備の機能調査であるが、調査対象とされた五施設(M、K、O、A、I)のうち、半連続運転のI施設と、バッチ運転(汚水を溜めて一回分毎に処理する運転方式)のA施設との主な相異点は次のとおりである(なお、以下適宜、半連続運転のM、K施設、バッチ運転のO施設についても言及する。)。

(一) 運転状況調査

(1) I施設では、汚水処理設備は、半連続的に自動運転しており、週に五日稼働し、フライト・コンベア水槽の溢流水6.18立方メートル/日を処理するために、3.4〜4.6時間送水ポンプが稼働していた。

(2) A施設では、汚水処理設備は、連続運転せず、洗車排水も合わせてバッチ運転処理しており、週に1.5日の稼働で、フライト・コンベア水槽からのオーバーフロー水は運転日一日あたり7.36立方メートルであつた。

(二) 設備中での水収支

水収支とは、灰出汚水ピットに流入してきた汚水がどのように貯留・滞留されて処理され汚水処理設備外に出ていくかという汚水の流量・貯留水量・滞留時間の量的バランスを示したものである。

(1) I施設では、灰汚水が一日約6.2立方メートル流入し、他の排水の混入は少ないが、灰出汚水ピットが9.5立方メートルもあつて、そこで約1.5日の滞留となつている。沈澱槽が約2.1日の滞留になつている以外は半日以下であり、汚水貯槽、第一汚水槽、第二汚水槽などは、ポンプピットとしての適正な役割を果たしていることになる。この設備では、灰汚水が最終的に処理され、噴霧用水として排出されるまでに約4.9日かかる計算になる。

(2) A施設では、調査当日、灰汚水が約7.4立方メートル流入し、洗車排水が1.1立方メートル流入してきている。その条件では灰出汚水ピットや汚水貯槽では1.2〜1.6日もの滞留となり、第一汚水槽や第二汚水槽では適正な0.5〜0.8日の滞留を維持していることになる。全滞留日数は5.6日である。しかし、バッチ運転であるので、実際にはその後数日間もそのまま放置され、実質的に各槽で五〜七日、全体で一〇日以上滞留しているわけである。

(3) 設計上は毎時二立方メートルの汚水が運転時間中、その設備内を移動し、半連続運転ではポンプ停止後、翌朝の稼働時まで各槽に滞留し、再び移動する。

しかし、バッチ運転ではポンプ休止期間が著しく長時間になるとみなければならない。そのように汚水の滞留が長いと、腐敗が起こつたり、硫酸塩の還元による硫化水素の発生が起こりやすい。

(三) 槽内ガス調査成績

(1) 五施設の灰汚水処理設備の槽内ガスについて、硫化水素と酸素の濃度を調査したが、そのうち、酸素濃度は全調査試料とも、空気と同じ二〇パーセント以上を示し、酸素欠乏は認められなかつた。

(2) M施設(半連続運転)では、ポンプ稼働時の第一汚水槽において、最大二一二ppmの硫化水素が検出されたが、他の汚水槽では低濃度であつた。ポンプ休止時には、汚泥貯槽に低濃度検出されるだけで、他の三槽は検出されなかつた。

(3) K施設(半連続運転)では、ポンプ稼働時の第一汚水槽において最高33.5ppmの硫化水素が検出されたが、他の各槽では低濃度であつた。ポンプ休止時は全て検出されなかつた。

(4) O施設(バッチ運転、但し、調査当日に大量の水が流入)では、各条件とも検出されなかつた。

(5) A施設では、ポンプ稼働時も休止時もともに、全ての汚水槽で硫化水素が検出され、他の施設に比しても高濃度であつた。特にポンプ稼働時の第一汚水槽においては、最高六〇六ppm含まれ、汚水貯槽で三九八ppm、その他の槽では三五〜七二ppm検出された。ポンプ休止時でも、第一汚水槽39.8ppm、汚泥貯槽22.4ppmの硫化水素が検出された。

(6) I施設は、ポンプ稼働時の第二汚水槽で13.5ppm検出されたほか、各槽でもわずかに検出され、ポンプ休止時も汚水貯槽と汚泥貯槽とで検出された。

(7) 右調査結果により、本多は、最高六〇〇ppm以上の硫化水素が汚水貯槽から検出されているから、生命に危険があり、今後は槽内に清掃や点検のために入る場合は、単に酸素濃度の測定だけでなく、硫化水素も濃度測定を行なつて危険度を把握し、酸欠規則で明示された万全の対策を講じるべきである。また、酸素が多いのに、硫化水素濃度が高いのは、灰汚水処理のように、有機物が比較的少なく、硫酸塩などの多い廃水の貯槽では起こりうる現象であると考えられ、今後は法規制上もそのようなケースを配慮したものにすることが望まれるとしている。

さらに、本多は、硫化水素の高濃度値は、ポンプ稼働時に多くみられ、その要因として、沈澱槽内から第一汚水槽に汚水が流入する物理的衝撃で槽内に攪拌が起こり、汚水および汚泥中から硫化水素が発生したものとみられる。したがつて、ポンプ休止時のように静置している場合、硫化水素が水中に過飽和に溶け込んでいて、それが攪拌によつて、集中して気層中に移行することになる、人が槽内に入つて、足などで攪拌しても、同様以上の硫化水素発生があるものとみられる、特に、A施設のようにバッチ運転されていて汚泥の沈積が多いような槽ではその危険性が高い、但し、A施設では危険性に対し法規等に基づく配慮は十分なされていたとしている。

(四) 悪臭調査成績

タンクの外の悪臭成分の調査を行なつたところ、硫化水素について、半連続運転のM施設で割合強い悪臭があるが、バッチ運転のA施設ではその約一〇倍強い濃度の悪臭が出ているとされている。

(五) 水質調査成績

(1) 半連続運転のI施設においては、酸化還元電位(ORP)は汚泥貯槽以外がすべて零またはプラス側である。したがつて、汚泥貯槽以外は比較的好気的状態に保たれていることになる。A施設の汚水は、酸化還元電位(ORP)も汚水貯槽を除いて−22〜−160mVの範囲の数値を示し、著しく嫌気的条件にあるといえる。

(2) 有機性汚濁指標の関係では、設備入口で、化学的酸素要求量(COD)、生物学的酸素要求量(BOD)、有機性汚濁を示す数字(TOC)、の数値はいずれも、A施設の方がI施設よりもかなり高く、硫酸イオン(SO42-)もA施設はI施設の四〜五倍に達している。

(3) 硫酸イオン(SO42-)もA施設の四、五倍に達している。また、A施設の無機物濃度は、I施設よりも、2.0〜3.4倍に達している。これは、I施設では十分な清水を使つて半連続運転しているが、A施設では水をできるだけ灰出フライト・コンベア水槽に入れず、バッチ運転しているためであるとみられる。

(4) A施設においては、硫酸塩還元菌は酸化還元電位(ORP)がプラスの汚水貯槽を除いて、すべてが1×106MPN/100ml以上であつた。これに対し、I施設においては、硫酸塩還元菌は第一汚水槽の79×104MPN/100mlを除いて、他の槽ではすべて105〜106MPN/100mlのレベルで存在している。また、硫酸塩還元菌の生成物である硫化物や、その大部分を占める硫黄イオン(2-)も、A施設では、他の施設にはみられないほどの高濃度であつた。

(5) 底質調査成績

汚泥貯槽を除く各槽の泥の質を比較すると、バッチ運転のA施設は、I施設よりも、酸化還元電位(ORP)が約二倍低く、硫酸塩還元菌も多いなど、硫化水素が発生しやすい状態になつている。

(六) 総括

(1) 半連続運転では灰汚水処理設備の各槽(沈澱槽、汚泥貯槽を除く。)に、0.5〜1.5日滞留し、全工程で五日弱かかつているが、バッチ運転ではそれに運転間隔が加わつて、各槽で五〜七日、全体で一〇日以上かかつていることになる。

(2) 半連続運転の設備でも、槽内ガス中に硫化水素が二一二ppm検出された例はあつたが、一般に低濃度であつた。バッチ運転の設備では、最高六〇〇ppm以上の硫化水素が検出され、一般的に高濃度であつた。硫化水素濃度はポンプの稼働によつて槽内汚水が移流する際に多くなつた。槽内ガス中の酸素はすべて二〇パーセント以上と多いにもかかわらず、そのようになるのは、灰汚水処理の特異的現象である。

(3) 半連続運転の設備では、汚水が比較的希薄であり、中性で、生物学的酸素要求量(BOD)一九〇〜三九〇mg/l、化学的酸素要求量(COD)約一二八mg/lであるが、硫酸イオン(SO42-)は約一〇〇〇mg/lに達している。そこでも硫酸塩還元菌は多いが、汚泥貯槽以外では汚水中に硫化物や硫黄イオン(S2-)は認められなかつた。バッチ運転の設備では、汚水が比較的濃厚であり、弱アルカリ性で、生物学的酸素要求量(BOD)約七三〇mg/l、化学的酸素要求量(COD)約四八〇mg/l、硫酸イオン(SO42-)約四七〇〇mg/lであつた。ポンプ稼働時は沈積した沈泥の巻き上げが起こつて、特に汚濁する。その場合は硫酸塩還元菌が働いて、各槽に硫化物や硫黄イオン(S2-)が多くなつている。

(4) 長期間、槽内に堆積した汚泥の清掃、除去を行なわず、バッチ運転している設備では、汚水中の硫化物や硫黄イオン(S2-)の濃度が上がり、全硫黄中一一パーセントが遊離型硫黄になつて、気相への硫化水素発生が極めて容易に起こる。

(5) 槽内ガス中の硫化水素は汚水の酸化還元電位(ORP)が低いほど増加する傾向を示し、硫化物や硫黄イオン(S2-)が多いほど、汚泥の沈積が多いほど、高濃度になりやすい。

3  本多報告②

〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

(一) ゴミ焼却炉の出口温度の高低によつて、汚水として排出する汚濁物質量(灰トンあたり)が変化する。全硫黄排出量が九〇〇度以上では、それ以下の場合の一〇分の一近くに減少する。よう素(I2)消費量、硫化物などの排出量は八五〇〜九〇〇度にピークがあり、有機性汚濁を示す数字(TOC)、生物学的酸素要求量(BOD)、化学的酸素要求量(COD)などの有機性汚濁物質の排出量や硫酸塩還元菌の捷息量は八〇〇〜八五〇度にピークが認められる。したがつて、炉出口温度九〇〇度以上の高温焼却を行なえば、種々な汚濁物質の排出を著しく抑制することになる。

(二) ゴミ焼却炉の出口温度八五〇〜九〇〇度で焼却した灰の灰汚水処理設備では、気層への硫化水素排出量が多くなる。汚水処理設備での悪臭や硫化水素中毒を防止するためにも、炉出口温度九〇〇度以上の高温焼炉が望まれる。

(三) 灰汚水処理設備をバッチ運転した場合は半連続運転した場合に比して、汚水中の硫酸イオン(SO42-)、有機性汚濁を示す数字(TOC)が多くなり、酸化還元電位(ORP)はマイナスか零近くになり(半連続運転ではプラス)、溶存酸素は少なくなる。そのため、汚水中の硫化物や気層の硫化水素が半連続運転より著しく多くなる。

(四) 灰汚水処理設備の各槽に一立方メートル当たり毎時0.9〜1.8立方メートル程度の散気を行なつている場合は散気なしよりも、酸化還元電位(ORP)は明らかに高いが、溶存酸素、硫酸イオン(SO42-)、有機性汚濁を示す数字(TOC)、硫酸塩還元菌などには両者間に差が認められない。しかし、散気なしでは汚水中硫化物が多く、気層中の硫化水素も高濃度になつている。

(五) 灰汚水を処理するために、汚水の送水ポンプが稼働するが、所定の水量を処理すると、次の汚水排出時まで休止する。そのポンプ稼働時と休止時との水質を比較すると、ほとんど差異は認められず、汚水中の硫化物も両者間に差が少ないが、気層中の硫化水素だけは、ポンプ稼働によつて著しく増加する。それは、ポンプによつて汚水が攪拌され、過飽和に溶存していた硫化水素が気層に放出されるためとみられる。この現象は本調査における測定がポンプ稼働後約一時間以内に行なつたため確認できたと思われ、さらに長時間ポンプ稼働を行なつた場合、水位の昇降や槽の小さな開放部からの換気によつて硫化水素濃度は低下すると考えられる。よつてポンプ稼働初期には硫化水素濃度が高いためポンプ稼働後十分換気を行なつた後槽内作業等をするよう注意しなければならない。また、槽内に硫化水素が認められなくても汚水、汚泥が残つている場合はポンプの稼働と同じ効果をもたらす攪拌など行なうと、急激な硫化水素の発生の恐れがあり、槽内作業には安全対策を十分講じ、槽内作業の危険性を熟知しておく必要がある。硫酸イオン(SO42-)、有機性汚濁を示す数字(TOC)は、バッチ運転の方が各槽とも高値を示しており、硫酸塩還元菌の基質となる汚水中の適度な硫酸イオン量と水素供与体としての炭素源及び栄養源としての燐が豊富であることなど、全てが硫酸塩還元菌の生育条件が整つているといえる。このように、半連続運転仕様の処理装置をバッチ運転した場合、多量の硫化水素が発生する。しかし、半連続運転においてもバッチ運転ほどではないが硫化水素が発生しており、条件さえ揃えば多量の硫化水素の発生が予測される。

4 以上を総合して考察するに、バッチ運転のA施設と半連続運転のI施設とでは、硫化水素の発生に関する限りA施設の方が相当に危険であることが明らかであるところ、原告の本件汚水処理設備の運転方法である前記間欠運転は右バッチ運転類似のものであるから、右間欠運転自体相当でないものというべきであり、右運転につき間欠運転で足りるとする原告の主張は到底採用することができない。しかしながら、他方、被告の主張するように半連続運転をすれば、第一汚槽において硫化水素の相当量発生の危険がなくなるのかといえばそうともいえず、前記認定のとおり、半連続運転のM施設でも第一汚水槽で二一二ppmの硫化水素の発生がみられたこと、フライト・コンベア水槽に清水を補給して硫黄分を含む汚水を越流させるのであるから、汚水処理設備、とりわけ中和凝集槽以降の汚水の水質はPH七前後となり生物反応も活発となること、半連続運転のI施設でも汚水が汚水処理系全部を通過するのに、4.9日もかかること、本件汚水処理設備においても土曜の正午から月曜の朝にかけて四四時間設備の稼働が停止することは避け難いところ、里内報告②の実験によれば、夏期においては一日で相当量の硫化水素の発生の危険性が認められること、硫化水素は攪拌により一気に発生する特性を有していることなどの事情に鑑みると、被告主張の如く運転方法を半連続にすることのみによつては、第一汚水槽での相当量の硫化水素の発生の危険性を回避することはできなかつたものと認めざるを得ない。

七第一汚染水槽の構造・機能等

1  第一汚水槽の構造

〈証拠〉を総合すれば、第一汚水槽は、縦四メートル、横三メートル、高さ2.3メートルのコンクリート製の直方体で、上方から人が降りることのできるようにタラップが設置されていること、第一汚水槽の大きさに関しては、昭和五一年一二月の設計仕様書(乙第一号証)によれば六立方メートルとされているが、これはフリクト・スイッチのON・OFF間の有効要量のことで、ろ過器の故障の場合のことなども考慮して、現実には右容量となつたこと、沈澱槽からの送水パイプは、本件事故当時は沈澱槽の上部外側に設置された集水枡から沈澱槽の外壁に沿つてパイプが地上まで降り、さらに五、六〇センチメートル地中に入つて、汚水処理室の第一水槽にまでつながつていたこと、第一汚水槽からろ過器へ送水するポンプは、第一汚水槽の上部から引き上げられるようになつていること、以上の事実を認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  第一汚水槽の機能

〈証拠〉を総合すれば、第一汚水槽は、沈澱槽とろ過器との間に位置する槽であるが、ろ過器が圧力式ろ過器であることから、沈澱槽から自重で降りてきた汚水をそのまま注入することができないので、第一汚水槽に一旦汚水を受けて、それからろ過送水ポンプで圧力送水をする必要があり、第一汚水槽は、ポンプピット(中継槽)として機能するために設けられた槽であること、以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  第一汚水槽への送水パイプの閉塞事故

〈証拠〉を総合すれば、沈澱槽から第一汚水槽への送水パイプは地中配管であつたところ、右パイプは、昭和五四年五月二一日、同年一〇月三日、及び本件事故直前の三回にわたつて閉塞したこと、原告が、第一、二回の閉塞をどのように処理したかははつきりしないが、第一回のときは職員が第一汚水槽内に入つたが(その際、防具を着用したかどうかは不明)修理できず、結局パイプを切つて修理したようであること、なお、いずれの場合も、原告は、パイプの閉塞につき、被告への連絡をしていないこと、以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

4  中間槽への散気装置設置の必要性の有無

(一) 〈証拠〉を総合すれば、都市ゴミ焼却施設を設計、施工した実績をもつ、業界における主要メーカー八社を選び、昭和四九年一月以降、同五三年一二月までの五年間に完成された一炉容量四〇トン(一日八時間〜一六時間稼働)以下の焼却施設を対象として、灰汚水処理設備の設計諸元とその運転管理に関する現状を明らかにするべく行なわれたアンケート調査結果によれば、「中間槽における散気装置の有無について」という質問に対する回答につき、七六例中、中間槽を有するものは四六例、有しないものは三〇例(39.4パーセント)であり、中間槽を有するもののうち、散気装置を有するものは四例(8.7パーセント、全体に対しては5.3パーセント)であつたこと、この点につき、右調査には、「散気装置を設置している施設は少なく、この当時、散気装置をこの槽に設置する考え方はあまりなかつたと思われる」とコメントされていることが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二) 〈証拠〉によれば、厚生省が示している「廃棄物処理施設構造指針」(昭和五四年九月)においては、灰出汚水槽への散気装置設置の指示はあるが、それ以降の槽への設置の指示はなされていないことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三) 〈証拠〉によれば、散気装置の主目的は攪拌にあり、第一汚水槽を好気状態にするためには、散気装置よりも送り込む空気量の大きいばつ気装置が必要であることが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

八本件事故後の本件汚水処理設備の改善

〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができる。

本件事故後、原告は、本件汚水処理設備の改善の必要を感じ、昭和五七年八月、環境技研に対し、設計委託をするとともに、被告を含むメーカー七社に競争入札させたところ、被告が落札し、同年一〇月から翌昭和五八年一月までの間、改善工事がなされた。右工事の内容は、①散気式ばつ気装置の設置、②灰出汚水槽の縮小と汚水貯槽の新設、③酸化還元電位計と記録計の設置、④排気装置の新設、⑤灰汚水配管の布設等であり、総工事費は一三六〇万円であり、これは、本件焼却場全体の総請負金額六億三七〇〇万円の約五〇分の一に過ぎない。本件事故の原因となった送水パイプの詰まりは、被告から本件焼却場の完成引渡を受けた昭和五二年六月ころから、本件事故まで三年余の間に三回も発生したが、本件事故後は間欠運転にもかかわらず一回も発生していない。

以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

九原告の事故前の本件汚水処理設備の管理状況

〈証拠〉を総合すれば、「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」(昭和四五・一二・二五、法一三七)二一条においては、一般廃棄物処理施設の維持管理に関する技術上の業務を担当させるため、技術管理者を置かねばならないと規定されており、また、酸欠規則においても、本件汚水処理設備のごとき場所における作業については、酸素欠乏危険作業主任者を置くことが定められているところ、本件汚水処理設備引渡時のテキストである「ごみ焼却施設の運転管理」においても、机上説明時の講座においても、被告から原告に対し、同設備につき酸欠規則の適用がある旨の指示はなされていないこと、ところで、馬場は昭和五一年末ころ、宮本は昭和五四年四月ころ、いずれも廃棄物処理施設技術管理者(ごみ一級)の資格を取得していたが、原告においては、酸欠規則の適用があるものとは知らず、酸素欠乏危険作業主任者を置いておらず、労働基準法上の安全衛生委員会も設置していなかつたこと、以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

一〇構造上の欠陥

そこで、以上の認定・説示に基づき、第一汚水槽に設計上の欠陥と目すべき構造上の欠陥があつたかどうかについて検討する。

本件汚水処理設備は、設計自体からして運転中はフライト・コンベア水槽に一定量の清水を常時補給し、ゴミ焼却場における最大の硫黄分発生源とみられる焼却灰の集積場所である灰バンカからの滴下水及び灰バンカの洗浄水等硫黄分を多量に含む汚水を設備内に越流させる方式を採用しており、とりわけ中和凝集槽以降の汚水槽内の汚水はPH七前後に整えられ生物反応も活発となるのであるから、同槽以降の汚水槽内に貯留される汚水中に溶存硫化水素が生成する危険性は極めて高いものといわなければならない。しかも、こうした汚水中の溶存硫化水素は微量でも猛毒で、かつ、少しの攪拌により一気にガス化する化学特性があるというのである。また、仮にいわゆる非連続運転をしたとしても、少なくとも平日で約一六時間、土曜から日曜にかけては約四四時間は第一汚水槽内にかような危険性をはらんだ汚水が滞留するのであるから、被告が原告に対し指導していた毎時約二トンの清水をフライト・コンベア水槽に補給して越流させる方法のみでは、右のような第一汚水槽での硫化水素発生の危険を回避することはできないものと考えざるを得ない。したがつて、本来的にかような危険を内包した本件汚水処理設備のごとき設備では、第一汚水槽がいわゆる中間槽であることを考慮してもなお、送水パイプの閉塞事故が全く稀有の出来事とも考えられず、事故が生じた場合に原告側だけで処理に当たることも全く考えられない訳ではなく、第一汚水槽は人の立入り可能な構造となつており、内部にはタラップまで設けてあつたのであるから、そもそも、人が同槽に立入らなくても送水パイプの保守点検ができるように送水パイプそのものを露出配管にするか、立入を予定するとしても、少なくとも同槽内の好気状態を保つためばつ気装置を備えるなどの配慮がなされるべきであり、現に原告において本件事故後そうした設備改良をして以後は、送水パイプの閉塞事故自体が発生していないのである。したがつて、本件汚水処理設備には右に述べたような配慮を欠いた点で設計上の欠陥と目すべき構造上の欠陥があつたものと認めざるを得ない。なお、被告は、厚生省の「廃棄物処理施設構造指針」においても、第一汚水槽のような灰出汚水槽以降の槽への散気装置の設置の指示はない旨主張するが、製造者と監督官庁との法律関係は、その効果に関して公法上の法律関係に限られており、私法上の第三者効は生じないと解するのが相当であり、散気装置の未設置が行政基準に合致しているからといつて、構造上の欠陥がなかつたということはできない。

なお前認定のアンケート調査によれば、「中間槽における散気装置の有無について」という質問に対する回答につき、七六例中、中間槽を有するものは四六例であり、三〇例(39.4パーセント)は中間槽がない、中間槽のあるものの内、散気装置を有するものは四例(8.7パーセント、全体に対しては5.3パーセント)で散気装置を設置している施設は少なく、この当時、散気装置をこの槽に設置する考え方はあまりなかつたと思われるという記述があり、証人本多も右同旨の証言をしている。また被告は、右アンケート調査結果等に基づき、中間槽に散気装置を設置しないことが業者の常識である旨主張するようであるが、少なくとも割合は少ないとはいえ本件事故当時も第一汚水槽のような中間槽を有する四六例中、一割近い四例が散気装置を現に有していたのであるから、俄に被告の右主張に与することはできない。

一一予見可能性

1(一)  被告は、一般的、抽象的に有機物や硫化物を含む汚水や汚泥を取扱う塵芥焼却設備において硫化水素が発生する危険性は常にあり、被告もこれを予見しえたが、個別的、具体的に本件汚水処理設備の第一汚水槽において致死量に達する程の高濃度の硫化水素の発生することを予見しえなかつた旨主張し、その根拠として、本件事故後の調査によつて判明したとする次の知見を挙げる。

(1) 汚水処理施設内に設置された槽内においては、硫化水素の発生にかかわらず、酸素濃度は減少しないという、従来の常識に反する現象が初めて確認された(本多報告①)。

(2) 汚水処理施設内における水質調査の結果、大量の硫酸イオンが存在することが初めて確認された(本多報告①)。

(3) 従来塵芥焼却設備において塵芥を焼却した場合、ゴミ中の硫黄は亜硫酸ガスになつて出ていくと常識的に考えられていたが、調査の結果、九〇〇度以上でゴミを燃やした場合は右常識どおりであるが、それ以下の温度の場合には、九〇〇度以上で燃やした場合の一〇〇倍にあたる硫黄が灰の中に移って、灰汚水に出てくることが初めて判明した(本多報告②)。

そして、被告は、本件事故当時、右知見を知るはずもなく、専門家にとつてすら硫化水素の発生については未知の点が多かつたのであるから、第一汚水槽における硫化水素の発生について予見可能性がなかつた旨主張する。

(二)  しかしながら、なるほど右知見そのものは被告において本件事故後これを知つたのは事実としても、すでに認定したとおり、硫化水素は全く未知の物質であるとか、その基本的発生機序が不明の物質という訳でもないのであり、それが微量でも猛毒で大変危険な物質であり、攪拌により一度に大量に発生する化学特性を有していることは本件事故当時も一般に知られていたのであり、汚水処理設備の設計施工業者である被告としても、この程度のことは十分に知つていたものと推認されるのである。また、個別的、具体的予見可能性という観点から考えても、塵芥焼却場という硫化水素発生の危険を不可避的に包含した設備を設計、施工する業者である被告に対しては、右設備内で稼働する労働者らが硫化水素に曝露されることのない様にその安全性に十分な配慮をして設計、施工すべく、自ら又は第三者に委託して右安全性を確保するための高度の調査研究義務が課されてしかるべきであり、里内報告及び本多報告の両者とも、純粋に新たな何らかの化学的知見を得たというよりも、基本的にはいずれも既存の汚水処理設備の実態調査に基づく研究成果なのであるから、被告が右高度の調査研究義務を尽くしていれば、本件事故前においてもこれを獲得しえたものというべきである。

2  第一汚水槽への立入の予見について

被告は、送水パイプの閉塞につき一度も原告から知らされていなかつたし、被告の設計施工した設備では右閉塞は滅多に発生していなかつたので、原告から連絡がなかつたことから、被告は本件事故の誘因となつた送水パイプの閉塞自体すら予見できず、まして、原告の職員が、何の安全対策を講ずることなく、しかも数名もの現場の職員が次々と無防備のまま槽内に立入ることなどは全く考えられなかつた旨主張する。

しかしながら、送水パイプの閉塞事故そのものを被告において全く予想しなかつたとまで断ずるに足る証拠はなく、前認定のとおり、第一汚水槽にはタラツプが設けられているのであるから、被告が職員の槽内立入を全く予見することができなかつたとまではいうことはできず、原告ら職員が自ら閉塞箇所を修理しようと試みるのも全く常軌を逸した異常な行動ともみられないから、被告の右主張は採用することができない。

一二結語

以上要するに、被告は、汚水処理設備プラントの専門業者として、第一汚水槽において汚水中に相当量の硫化水素の発生する可能性を一般的、抽象的のみならず個別的、具体的にも予見しえたものであり、かつ、同槽に対する人の立入りの可能性も予見しえたものということができるのであるから、前記のとおり送水パイプそのものを露出配管にするか、第一汚水槽にばつ気装置を設けるなど、第一汚水槽における硫化水素ガス中毒事故が発生しないように最善の防止措置を講ずる契約上の注意義務があつたものというべきであり、現にそうした方向での本件事故の改善策により送水パイプの閉塞事故自体が発生しておらず、そうした設備の設置費用も本件焼却場全体の施工費用からみると極めて少額であるにもかかわらず、右防止措置を怠り、その結果本件事故を発生させたものというべく、被告にはこの点で、過失責任を免れないものというべきである。

よつて、被告は、本件事故により原告が被つた損害につき債務不履行責任に基づきこれを賠償すべき義務がある。

第四原告の損害

一前記死亡職員の五名の遺族に対する逸失利益等の支払

〈証拠〉によれば、原告は、いずれも昭和五五年一二月二五日付で本件事故の賠償金として、杉本の遺族に対し金二九三一万二〇六〇円を、馬場の遺族に対し金四七一七万九七六〇円を、江畑の遺族に対し金二八八〇万三二〇〇円を、岸田の遺族に対し金二八九三万三〇九〇円を、荒尾の遺族に対し金一四四〇万三五八〇円をそれぞれ支払つたことが認められる。

1  荒尾茂関係

(一) 逸失利益

〈証拠〉を総合すれば、荒尾は、大正一三年一月八日生まれで死亡当時満五六歳の健康な男子であつたと認められ、本件事故によつて死亡しなければ、満六七歳まで今後一一年間は引続き稼働可能であつたものと推認するのが相当である。

ところで、荒尾は、〈証拠〉によれば、死亡前一年間の総収入は、二九七万〇一二〇円(24万7510×12=297万0120)であり、荒尾の生活費は年間を通じ収入の五割を超えないと認められ、これらと右稼働可能年数を基礎としてホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して(一一年に対応する単利年金現価係数は8.5901)計算すると左記計算式のとおり、荒尾の死亡時における逸失利益は一二七五万六八一三円となる。

297万0120×(1−0.5)×8.5901

=1275万6813(円)

(二) 慰謝料

前記認定のとおり、荒尾は、第一汚水槽内において硫化水素中毒により不慮の死を遂げたものであつて、その精神的苦痛は計り知れないものがあつたであろうとみられ、右苦痛に対する慰謝料は一一〇〇万円をもつて相当と認める。

(三) 葬祭料

荒尾の社会的地位、年齢等にみると、同人の葬祭料は五〇万円をもつて同人の死亡と相当因果関係にたつ損害と認める。

(四) 右(一)ないし(三)の合計額は、二四二五万六八一三円である。

ところで、〈証拠〉を総合すれば、地方公務員災害補償基金(以下「公災」という。)から荒尾の遺族に対し本件事故により生じた損害の填補として一〇八九万六四二〇円支払われたことが認められるところ、右合計額から右額を控除した額、一三三六万〇三九三円が原告の損害となるというべきである。

2  馬場康次関係

(一) 逸失利益

〈証拠〉を総合すれば、馬場は、昭和二六年五月二八日生まれで死亡当時満二九歳の健康な男子であつたと認められ、本件事故によつて死亡しなければ、満六七歳まで今後三八年間は引続き稼働可能であつたものと推認するのが相当である。

ところで、馬場は、〈証拠〉によれば、死亡前一年間の総収入は、二九八万八九二四円(24万9077×12=298万8924)であり、馬場の生活費は年間を通じ収入の三割を越えないと認められ、これらと右稼働可能年数を基礎としてホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して(三八年に対応する単利年金現価係数は20.9702)計算すると左記計算式のとおり、馬場の死亡時における逸失利益は四三八七万四八三三円となる。

298万8924×(1−0.3)×20.9702

=4387万4833(円)

(二) 慰謝料

前記認定のとおり、馬場は、第一汚水槽内において硫化水素中毒により不慮の死を遂げたものであつて、その精神的苦痛は計り知れないものがあつたであろうとみられ、右苦痛に対する慰謝料は一二〇〇万円をもつて相当と認める。

(三) 葬祭料

馬場の社会的地位、年齢等に鑑みると、同人の葬祭料は六〇万円をもつて同人の死亡と相当因果関係にたつ損害と認める。

(四) 右(一)ないし(三)の合計額は、五六四七万四八三三円である。

ところで、〈証拠〉を総合すれば、公災から馬場の遺族に対し本件事故により生じた損害の填補として一一二二万〇二四〇円支払われたことが認められるところ、右合計額から右額を控除した額、四五二五万四五九三円が原告の損害となるというべきである。

3  杉本幸広関係

(一) 逸失利益

〈証拠〉を総合すれば、杉本は、昭和三一年一二月二八日生まれで死亡時満二三歳の健康な男子であつたと認められ、本件事故によつて死亡しなければ、満六七歳まで今後四四年間は引続き稼働可能であつたものと推認するのが相当である。

ところで、杉本は、〈証拠〉によれば、死亡前一年間の総収入は、二二六万九五〇〇円(18万9125×12=226万9500)であり、杉本の生活費は年間を通じ収入の五割を超えないと認められ、これらと右稼働可能年数を基礎としてホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して(四四年に対応する単利年金現価係数は22.9230)計算すると左記計算式のとおり、杉本の死亡時における逸失利益は二六〇一万一八七四円となる。

226万9500×(1−0.5)×22.9230

=2601万1874(円)

(二) 慰謝料

前記認定のとおり、杉本は、第一汚水槽内において硫化水素中毒により不慮の死を遂げたものであつて、その精神的苦痛は計り知れないものがあつたであろうとみられ、右苦痛に対する慰謝料は一一〇〇万円をもつて相当と認める。

(三) 葬祭料

杉本の社会的地位、年齢等に鑑みると、同人の葬祭料は五〇万円をもつて同人の死亡と相当因果関係にたつ損害と認める。

(四) 右(一)ないし(三)の合計額は、三七五一万一八七四円である。

ところで、〈証拠〉を総合すれば、公災から杉本の遺族に対し本件事故により生じた損害の填補として九二八万七九四〇円支払われたことが認められるところ、右合計額から右額を控除した額、二八二二万三九三四円が原告の損害となるというべきである。

4  江畑耕二関係

(一) 逸失利益

〈証拠〉を総合すれば、江畑は、昭和三三年九月三〇日生まれで死亡当時満二一歳の健康な男子であつたと認められ、本件事故によつて死亡しなければ、満六七歳まで今後四六年間は引続き稼働可能であつたものと推認するのが相当である。

ところで、江畑は、〈証拠〉によれば、死亡前一年間の総収入は、二一三万三四八〇円(17万7790×12=213万8480)であり、江畑の生活費は年間を通じ収入の五割を超えないと認められ、これらと右稼働可能年数を基礎としてホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して(四六年に対応する単利年金現価係数は23.5337)計算すると左記計算式のとおり、江畑の死亡時における逸失利益は二五一〇万四三三九円となる。

213万8480×(1−0.5)×23.5337

=2510万4339(円)

(二) 慰謝料

前記認定のとおり、江畑は、第一汚水槽内において硫化水素中毒により不慮の死を遂げたものであつて、その精神的苦痛は計り知れないものがあつたであろうとみられ、右苦痛に対する慰謝料は一一〇〇万円をもつて相当と認める。

(三) 葬祭料

江畑の社会的地位、年齢等に鑑みると、同人の葬祭料は五〇万円をもつて同人の死亡と相当因果関係にたつ損害と認める。

(四) 右(一)ないし(三)の合計額は、三六六〇万四三三九円である。

ところで、〈証拠〉を総合すれば、公災から江畑の遺族に対し本件事故により生じた損害の填補として八八九万六八〇〇円支払われたことが認められるところ、右合計額から右額を控除した額、二七七〇万七五三九円が原告の損害となるというべきである。

5  岸田宣夫関係

(一) 逸失利益

〈証拠〉を総合すれば、岸田は、昭和三三年一二月二五日生まれで死亡当時満二一歳の健康な男子であつたと認められ、本件事故によつて死亡しなければ、満六七歳まで今後四六年間は引続き稼働可能であつたものと推認するのが相当である。

ところで、岸田は、〈証拠〉によれば、死亡前一年間の総収入は、二一五万七七四四円(17万9812×12=215万7744)であり、岸田の生活費は年間を通じ収入の五割を超えないと認められ、これらと右稼働可能年数を基礎としてホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して(四六年に対応する単利年金現価係数は23.5337)計算すると左記計算式のとおり、岸田の死亡時における逸失利益は二五三八万九八四九円となる。

215万7744×(1−0.5)×23.5337

=2538万9849(円)

(二) 慰謝料

前記認定のとおり、岸田は、第一汚水槽内において硫化水素中毒により不慮の死を遂げたものであつて、その精神的苦痛は計り知れないものがあつたであろうとみられ、右苦痛に対する慰謝料は一一〇〇万円をもつて相当と認める。

(三) 葬祭料

岸田の社会的地位、年齢等に鑑みると、同人の葬祭料は五〇万円をもつて同人の死亡と相当因果関係にたつ損害と認める。

(四) 右(一)ないし(三)の合計額は、三六八八万九八四九円である。

ところで、〈証拠〉を総合すれば、公災から岸田の遺族に対し本件事故により生じた損害の填補として八九六万六九一〇円支払われたことが認められるところ、右合計額から右額を控除した額、二七九二万二九三九円が原告の損害となるというべきである。

6  前記1ないし5の総合計は、一億四二四六万九三九八円となる。

二市・遺族合同葬儀費用

1  〈証拠〉を総合すれば、本件事故は、原告の職員が職務中に一度に五名も死亡するという、原告市始まつて以来の大事故であつたので、各遺族がそれぞれ家族で葬儀をした後、原告と各遺族との合同葬儀が行なわれたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

2  右認定事実によれば、右合同葬儀は、被害者の勤務先と郷里が離れていたため葬儀を二度行なつたとか、あるいは事情があつてとりあえず密葬を行なつてついで本葬をしたなど社会通念上相当と認められる事情があるのではなく、原告が、各遺族の葬儀とは別個に原告独自の立場で職員らの霊を弔うために開催したものということができるから、原告主張の葬儀に用した費用は、被告の債務不履行と相当因果関係に立つ損害ということはできない。

三事故原因等調査委託料

〈証拠〉を総合すれば、原告は、被告が本件事故の責任を否定したこともあり、本件事故の原因を糾明し安全操業を可能にするため、滋賀県立短期大学工業化学科の里内勝に対し、昭和五五年一二月一日、硫化水素発生に基因する硫黄化合物についての物質収支及び化学変化等の調査を委託し、その委託料として八〇万円を支払い、また、京都大学工学部衛生工学教室の西田耕之助に対し、昭和五六年七月一日、汚水処理設備の構造に関する調査研究を委託し、その委託料として一五〇万円を支払つたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

しかして、地方公共団体が、その設置にかかる汚水処理設備において本件のごとくその職員五名もが死亡する重大事故が発生した場合において、将来の同種事故の防止を目的とし、第三者にその原因調査を依頼しそれに要する費用を出捐することは、職員の安全配慮、事故の規模、調査内容の複雑性等の諸般の事情からみて社会通念上相当であり、右費用は通常予想される限度内においては、右事故により通常生ずべき損害に該当するものと解すべきである。本件において前記調査委託料(合計金二三〇万円)は右限度内のものとして、本件事故と相当因果関係に立つ損害と認める。

四設備改善費

前記認定のとおり、原告は、被告の本件請負契約に基づく給付が不完全であつため、目的物の一部である汚水処理設備に瑕疵があつたのでその改良工事を被告に請負わせ、その費用として、一三六〇万円の支払を余儀なくされたもので、右設備改善費は、本件事故と相当因果関係に立つ損害と認める。

五過失相殺

1  被告は本件事故につき自己に責任のあることを否定し、本件事故は原告の管理に欠けるところがあつたため惹起されたものであり、また、死亡職員らにおいても次々と第一汚水槽内に無防備で入るなど被告には予期できない面があつた旨主張するところ、被告の右主張は、原告及び死亡職員らにつき過失相殺の主張を包含するものと解するを相当とする。

2  原告側の過失について

(一) 死亡職員らの事情について

本件は、原告から被告への債務不履行責任に基づく損害賠償請求であるところ、このうち死亡職員らの逸失利益等に関する部分は、死亡職員らと労働契約類似の特殊な社会的関係にたちその支払を余儀なくされた原告が、死亡職員らを直接の被害者とする本件事故による損害として原、被告間の請負契約の債務不履行と相当因果関係のあるものとしてこれを被告に請求しているものである。このような場合には、原告の有する保護法益は、原告と特殊な社会的関係によつて媒介されるところの死亡職員らの有する保護法益を当然の論理的前提とし、これに依存してのみ存立しうるものである。したがつて、死亡職員らが自己の法益を自ら擁護し、もしくは伸長せしめるについて落度があれば、それによる死亡職員らの不利益はそのまま原告側の不利益として反映してもやむをえない関係にあるものというべきであるから、原告の本件請求に対する判断にあたり、死亡職員らの過失を斟酌することはできるものと解するのが相当である。

(二) そこで、原告側の過失について検討するに、死亡職員らの事情については、前認定のとおり、本件では、まず岸田が第一汚水槽に入り硫化水素中毒で昏倒死亡した後、次々と荒尾、馬場、杉本及び江畑が同槽に入り、硫化水素中毒で昏倒死亡したものであるところ、同槽内の汚水が硫化水素を大量発生しうる状況にあるとも知らず槽内に入つた岸田についても、また、同僚の救出のため次々と槽内に入つた、その余の職員らについても、深い同情の念を禁じえないが、それは別として、当時、汚水処理設備は間欠運転中であり、送水パイプの修理は一刻を争うようなものではなく、被告に連絡することも十分可能であつたこと、少なくとも救出にあたつた四人の職員らについては、第一汚水槽内に何らかの異常な事態が存したことは十分窺えたものというべきであり、マスク等の防護器具の着用も全く期待できなかつた訳ではないこと等死亡職員らに関する諸般の事情に鑑み、また、原告固有の事情については、前認定のとおり、原告は被告がフライト・コンベア水槽に毎時約二トンの清水の補給をし、越流させて、本件汚水処理設備を非連続運転することを指導していたのにもかかわらず、原告は不相当な間欠運転しており、硫化水素の発生につき間欠運転の方が非連続運転より一層危険であることなどの原告固有の諸般の事情に鑑み、公平の観念に基づいて、死亡職員らの逸失利益等につき、原告側の事情として全体として六割の過失相殺をするのが相当である。

よつて、被告の負担すべき額は、五六九八万七七五九円となる。

3  事故原因等調査委託料及び設備改善費については、死亡職員ら及び原告の過失相殺をしないのが相当である。

そうすると、被告が負担すべき、死亡職員らの逸失利益等、事故原因等調査委託料及び設備改善費の合計額は、七二八八万七七五九円となる。

六弁護士費用

本件事案の難易、審理経過、認容額等諸般の事情を勘案すると、本件において本件事故と相当因果関係があるものとして認容すべき弁護士費用額は、七二八万八〇〇〇円と認めるのが相当である。

以上によれば、原告が被告に請求できる損害額は、総計八〇一七万五七五九円となる。

なお、弁論の全趣旨によれば、原告は、被告に対し、弁護士費用については遅延損害金の請求をしていないものと認められる。

第五結論

以上の次第で、原告の請求は、債務不履行責任に基づき、被告に対し八〇一七万五七五九円及び内金七二八八万七七五九円に対する訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和五八年八月三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから右限度でこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官小澤一郎 裁判官三井陽子 裁判長裁判官久末洋三は転補のため署名押印することができない。裁判官小澤一郎)

別紙(一)〜(三)〈省略〉

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